【わたしの中の寂しさ】夫婦ってなんだろう。一編のエッセイから考えてみました
商品プランナー 斉木
ある日突然、「さみしさ」に捕まえられることがあります。これといった理由はないのに、一度芽生えてしまったさみしさが膨らんでいくのを止められない。
そんな感情にはいつも硬く蓋をして、ひとから見えないようにしてきました。いい大人なんだから、「さみしい」なんて、子どもみたいなことを言っていてはいけないと思ったのです。
▲江國香織著『いくつもの週末』世界文化社
そんな私にとって、江國香織さんの本に描かれている人物たちは唯一、同志ともいえる存在でした。彼らは、私と同じようにさみしさと隣り合わせに生きているように見えたからです。
江國さんの本を開いて読み進めていると、見ないふりをしてきたさみしさの蓋を開けて、中を覗き込みたくなってくる。そして、その気持ちを認めたうえで、できることなら一緒に進みたいという気持ちになるのです。
大人は、どんなふうにさみしさと付き合っていったらいいんだろう。答えのないそんな疑問と向き合いたくて、今回の特集では江國さんの著書をめくりながら思いを巡らせてみることにしました。
前回は、孤独に掴まれた女の子の一夜を描く、短編小説を。今回は、江國さんが結婚してから二年から三年という頃の夫婦生活について綴ったエッセイ集のなかの一編をご紹介します。
「突然だけれど、私はよく歌を歌う。
昼間、部屋のまんなかでぼんやりしながら、とか、夜、散歩をしながら、とか。
歌を歌うことは体にいい、と、結婚してから思うようになった。
頭のなかが空っぽになるところがいいのだ。肺に空気が送りこまれる気がするところも」(p.79-80)
なにか好きな曲流していいよ、といわれると、いつもドキッとします。どんなふうに、どんな文化圏で育ってきたのか。なにを大切にしていて、どんなものを好ましく思うのか。選ぶ歌には否が応でもその人らしさが滲み出てしまう気がするから。
江國さん夫妻はけんかをしたとき、それぞれこんな曲を流します。
旦那さんと出会う前、「夫なしでもちゃんとやっていたころ。夫なしでも幸せだったり満ちたりていたりしたころ」(p.81)の曲を聴いて、気持ちを落ち着ける江國さん。
いっぽう旦那さんは、秘策として「私たちがばかみたいにスイートだったころ」(p.81)の曲をかけます。
「私たちが一緒に歌える歌というのは、たぶん一曲もないのじゃないかしら」(p.81)
江國さんがそんなふうにいう通り、別の場所で、別の音楽を聴いて、別の育ち方をしてきたふたりなのだから、違うところを数えはじめたらキリがありません。
順調なときには面白いと感じられるそれらの “ズレ” が、ふとした瞬間に許しがたく遠い隔たりに感じ、さみしさに変わってしまう。夫婦にかぎらず、人と人のあいだでは、常にこの天秤が揺れ動いているような気がします。
「たしかに結婚は “STRUGGLE” だ。満身創痍。
でも、風が吹けば傷口は乾くので、いちいち気にしないことにしている。
そうして、日々の生活のなかで、この風というのはつまりとりあえずくっついて眠るという行為だったり、おいしい料理だったり、熱いシャワーだったり、くり返し聴く音楽だったりするのだと思う。
そういうささやかなものたちにその都度すくわれていかないと、とても愛を生き抜けない」(p.82)
このエッセイを書いていた当時結婚二年目の江國さんよりさらに新米、まだ結婚一年目の私には、結婚のなんたるかは口が裂けても語れません。
でも、自分自身が「さみしさ」を含めた感情をコントロールできないように、アンコントローラブルな人間がもうひとり、ひとつ屋根の下で生活していると思えば、そこには絶え間ないすり合わせと、忍耐と、あきらめが必要だろうというのは想像にかたくないのです。
淡々と続いてく日々のなかで、ふたりの間の異なっている部分が、“面白い” から “さみしい” に変わりそうになる瞬間が幾度となく訪れる。そんなとき、暮らしのなかの取るに足らない、でも切実に必要なものたちが、膨れあがった感情からちょっと距離を置いて俯瞰させてくれる緩衝材になるのかもしれません。江國さんにとっての歌やシャワーがそうであるように。
さみしいという気持ちはこれからもずっと隣にあるのだろうと思います。唐突に降って湧くそんな感情を、時にないものとして蓋をしたり、誰かに泣きつきたくなったり。
でも、そのさみしさがどんなものか、誰よりも理解しているのも、受け入れることができるのも、私です。「私の孤独は私だけのもの」(ねぎを刻む『江國香織童話集』p.269)だから、ないことにしたって、どうしようもなくあるし、誰かに100%わかってもらうことは、きっとできない。
それでも私たちには明日がやってきて、何事もなかったように暮らしていかなければいけません。気持ちが破裂しそうな夜をなんとか超える手立てが必要なのです。
江國さんの本が教えてくれたのは、台所に立って自分だけの食卓を作ったり、好きな歌をちいさな声で歌ったり、そんな営みを淡々と繰り返すこと。それは取るに足らない、とてもささいなことに見えるけれど、風向きはたしかに変えられるということ。
そう思えたら、このさみしさも、すこしだけ親密に感じられそうな気がしたのです。
(おわり)
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【写真】安川結子
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