【40歳の、前とあと】第1話:表現したいのに、空っぽだった20代。でもその道は「なりたい自分」に続いていくプロセス?

ライター 一田憲子

自分が何者なのか、どんな仕事がしたいのか、何が心地いいのか……。正解がわからずに、とにかく目のまえのことにがむしゃらにぶつかる20〜30代。経験値が増え、ようやく自分が見えてくるのが、40歳という年齢なのかもしれません。

連載『40歳の、前とあと』では、今キラキラと輝いて活躍している女性に、その節目となる『40歳』という年齢をどう迎えたか、40歳以前と、40歳以降になにがどう変わったのか、お話を伺ってみることにしました。

第9回でお話を伺ったのは、コラージュ作家の井上陽子さんです。

写真や紙やテープなど、自分の目で拾い上げたものを集めてコラージュを作る。そんな井上さんの作品を拝見すると、なぜかどこかで見たことがあるような、なんだか懐かしい気分になります。雨風にさらされた壁だったか、時が経った古い本のページだったか……。井上さんの手先からは、誰かの記憶が生まれ出しているよう。

イラストレーターとして、コラージュ作家として活躍する井上さん。私が初めてゆっくりお話を伺ったのは、今から8年前のこと。「暮らしのおへそ vol.11」での取材でした。当時井上さんは36歳。「あの頃から変わりましたか?」と聞いてみると……。

井上さん:
「外から見たら、そんなに変わっていないと思うんですが、私自身はすごく変わりましたね。やっぱり40歳を前にいろんなことを考えるようになったんです。仕事の現状を見て、このままでもいいんだろうか?と思うようになりました」

そこで、まずは40歳手前まで、井上さんの「これまで」のお話から伺ってみることにしました。

 

夢だったイラストレーター。やっと仕事がくるようになったのに、何かが違った

小学生の頃から絵を描くのが大好きだったという井上さん。さらに、お母様がアンティーク好きで、ご自宅には古い家具が並んでいたのだとか。今井上さんが時を経たものに惹かれるのは、その影響が残っているからなのだといいます。

井上さん:
「滋賀県の田舎で、田んぼと草原の中で育ちました。その環境だったからこその『色』の影響ってあるよなあと思います。

冬のピシッと寒い風景などが大好きで……。子供の頃に学校まで2キロぐらいの道のりを歩いて通学していたのですが、寒さの中歩いていくあの感じとか、そういうことって絶対に体の中に入っていると思います。今描いている風景も、その頃とつながっている気がします。感情とか環境で体に入ってきたものって、消えないと思いますね」

京都造形大学では油絵を専攻。卒業と同時に上京しました。

▲大学を卒業した24歳頃。ご実家の近くの草原で。この風景が今の作品づくりの根底にある。

井上さん:
「就職活動は一切せず、東京に行けば何か絵の仕事があるんじゃないかと思っていました。そんなに甘くはなかったですね。とりあえず生活のために、美術モデル(美大などでデッサンのためのモデルとなる)のアルバイトをしながら、イラストレーターになりたくて、作品ファイルを持って、いろいろな出版社に営業に行きました。

そうしたら、半年ぐらいで雑誌のカットなどの仕事がポツポツ入るようになったんです」

▲雑誌のために描いたイラストのカット

やっと念願のイラストレーターとしてのスタートを切ったというのに、それでは満足しなかったのが、井上さんのすごいところ。

井上さん:
「雑誌にのせるカットを描く仕事って、単価が安いのでやってもやっても食べていけるようにはならなくて、アルバイトがやめられませんでした。労力に見合わなかったし、自分のやりたい方向性とも違う気もして、いろいろ考えて『コラージュでいこう!』と決めたんです。それで、営業も、イラストレーションからコラージュに変えました」

 

「やりたいからやる」。そのシンプルな気持ちが大切だとやっと気づいた

コラージュは、大学生の頃からずっと続けていたそうです。きっかけは?と聞いてみました。

井上さん:
「きっかけは写真ですね。写真を撮るのが好きだったんです。廃墟巡りも好きで、廃墟でセルフヌードを撮ったりしていました。外で脱ぐって気持ちいいんですよ(笑)。

大学生で自分のアイデンティティなんてぐらぐらしているし、そんな中でも何かの自己表現がしたい。自分の中身が空っぽなのに表現することといったら、もう体を使うことぐらいしかなくて」

なんとなんと! 「何かを表現したい!」という井上さんのヒリヒリとした思いが伝わってきます。

井上さん:
「フィルムを自分で学校の暗室でプリントして、さらにそれを拡大コピーして、その上から油を染み込ませると、紙って透けるんです。この『透ける』っていう風合いが美しくて、心をぐっと動かされて、『あ、これいける!』って思ったんですよね。そこに紙やテープなど他の素材を組み合わせてコラージュをするようになりました」

▲雑誌に紹介された井上さんのコラージュ作品

こうして、仕事とは別にコラージュ作品などで展覧会を開いていたのだと言います。

まだ食べていけるかどうかもわからなかった時代、何の役にたつかもわからなかったコラージュを作り続けるなんて、そのモチベーションはいったいどこから生まれてきたのでしょう?

井上さん:
「やりたいからやる。それだけです。アーティストってみんなそうじゃないかな? 日々過ごしていると、何かを作ろうと、手を動かしたくてたまらなくなります。それを仕事でやっちゃうと、ワクワクとしたモチベーションがガクンと下がってしまうんです。自分の「やりたい」という気持ちに正直になれたのは、当時私がイラストレーションで仕事の経験があったからなのかもしれませんね」

 

コラージュが商品化。でも、この風はいつ止んでしまうんだろうってこわかった

コラージュ作品を最初に使ってもらったのは、雑誌「コヨーテ」(新潮社)の中で、なんと沢木耕太郎さんの「深夜特急ノート」という連載の8号目でした。

その後「クウネル」(マガジンハウス)に作品が紹介されるなど、2〜3年をかけて少しずつコラージュ作品が認められるようになりました。

▲作品が大きく採用された「コヨーテ」の沢木耕太郎さんの連載ページ

さらに、井上さんの名前が世に広く知られるようになったきっかけが、コラージュの柄が採用された「倉敷意匠計画室」から発売されたマスキングテープでした。

井上さん:
「もう亡くなってしまったのですが、大好きで尊敬していた写真家、小泉佳春さんに『文房具など、自分の作品を使ったグッズを作りたいんです』と言ったら、『倉敷意匠』さんを紹介してくださって。すぐに電話をしたら、社長が雑誌『クウネル』で掲載された作品を見ていてくださって、すぐに商品化が決まりました」

ちょうど時を同じくして、マスキングテープが大人気に。これを機に一気に仕事が忙しくなっていったそう。上京して7年目。井上さんが32歳の頃でした。

井上さん:
「風が吹いているって感じでした。それまでが全然ダメだったので、この風はいつ止んでしまうんだろうって、逆にこわかったですね」

私もフリーライターとして仕事をはじめるにあたって、どうしたらいいか全くわからなかったので、井上さんと同じように飛び込みで出版社に行きました。でも、そうやって手にした仕事をすぐに手放す井上さんの潔さには本当に驚きました。

「何かが違う」と足を止め、また違う方向へ一歩踏み出す。そうやって歩いた道はすべて、その人が「なりたい自分」になるために必要なプロセスなのだと思います。

やっと順調に人生が回り始めた時、井上さんはここでもまた足を止めたくなったそうです。

次回は、40歳になる前に、「本当に自分がやりたいこと」を求めて七転八倒した苦しい時代のことを伺います。

(つづく)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

第1話(10月31日)
表現したいのに、空っぽだった20代。でもその道は「なりたい自分」に続いていくプロセス?

第2話(11月1日)
「正しさ」より「自分の楽しさ」を優先させたら、人生がうまく回り始めました。

 

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井上陽子

1975年 滋賀県生まれ 東京在住。京都造形芸術大学・芸術学部 美術科・洋画コース卒業。武蔵野大学・人間科学部人間科学科 心理学専攻在学中。著書に「写真と紙でつくるコラージュ」(雷鳥社)「コラージュのおくりもの」(パイ・インターナショナル)など。http://www.craft-log.com/

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ライター 一田憲子

編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/


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