【雑貨のはなしをしよう】気分の切り替えが下手な僕の強い味方。〈HARIO〉のコーヒーミル

渡辺平日

ここ数年来の悩み。それは、オンとオフの切り替えがとっても下手なこと。休みの日に仕事のことを考えてしまったり、逆に、仕事から目をそらしてダラダラしてしまったり……。

このままじゃダメだと思い、最近は「オンとオフをうまくスイッチする方法」を熱心に研究しています。

瞑想や散歩、ストレッチなど、いろいろと試したなかでは、コーヒーを淹れるのが一番しっくりきました。これまでは気が向いたときに作る程度でしたが、意識して淹れるようにしてからは、ちょうど良い息抜きに変わりました。
 

コーヒー豆を挽く「ガリガリ」という音が、僕のスイッチ

もともとコーヒー用品が好きだったけど、ハマってからは更にこだわるように。道具を定期的に見直して、より良いものがあればどんどん入れ替えています(ちなみに使わなくなったものは、家族や友人に譲っています)。

「なんだか名門のスポーツチームみたいだね」とある友人は苦笑いしていました。たしかにちょっと厳しいかもしれません。

でも、日用品を愛好する者としては、これぐらいシビアじゃないとダメだと思っています。下手に愛着を持ってしまうと、ものを見る目が歪んでしまうからです。だからいつも、フラットな目線を保てるように気をつけています。

とはいっても、なんにでも例外はあって……。たとえばこの〈HARIO〉のミルはもう7年近く愛用しています。もちろん使いやすい道具ではあるのですが、もっと性能が良いものは探せばすぐに見つかります。

たとえば同じメーカーだけでも、より素早く挽けるものや、より丈夫なものが発売されています。そちらを使うほうが理にかなってますよね。

それでも。このミルは、僕にとって特別な道具であり続けています。

このハンドミルで豆を挽く時間が、僕はとても好きです。「ガリガリ……」とやっていると、緊張がうまくほぐれてきて、それだけでもちょっとした気分転換になります。

ぼんやりしているうちに、昔のことを不意に思い出すこともあります。そうそう。このミルは、7年前に先輩のNくんにもらったんだった。ということは、彼が遠いところへ行ってしまって、もう3年も経っちゃったのか。
 

知らない国の音楽に耳を澄ませていた、あの頃の僕たち

Nくんは大学生のときに出会った友人です。音楽や映画に詳しく、英語とフランス語にも堪能、さらに料理も得意と、とにかくすごい人で、どこか近寄りがたい雰囲気がありました。でも、不思議と僕らは意気投合して、彼の家に入り浸るようになりました。

Nくんはコーヒーを淹れるのも上手でした。彼の相棒はヴィンテージのハンドミル。それはすぐに調子が悪くなるうえ、上蓋が壊れていてしょっちゅう豆が飛び出すという代物でした。ブツブツ言いながらも根気よく手入れをする様子を見て、(ほんと、変わった人だなあ)と思ったものです。

それにしても……。コーヒーを飲みながら、知らない国の音楽に耳を澄ませていたあの時間は、いま思えばとっても贅沢だったなあ。

だんだんコーヒーに興味が出てきたので、Nくんにあれこれレクチャーしてもらいました。特に印象に残っているのが、ミルを選ぶときのこんなやりとり。

「まずは豆を挽くところからだね。これ、よかったらあげるよ」と、僕に新品のミルをプレゼントしてくれました。

「いま使っているやつが壊れたときの保険で買ったんだけど、まあ、まだ大丈夫そうだから。最近発売されたやつで、なかなか優れものだよ。臼刃がセラミックだから使いやすいし」

「セラミックだとなにか良いことがあるんですか?」

「うーん、いろいろあるけど、気軽に洗えるというのが大きいかな。金属製だと手入れがけっこう大変なんだよ。やっぱり最初に使う道具は、ケアしやすいものを選んだほうがいい」

その言葉は、それまで価格やデザインだけでものを選んでいた僕にとって、大きな発見となりました。

「あと、丈夫なのもメリットかな。一番壊れやすいのが刃の部分だから、頑丈に越したことはないよ」

「豆が飛び出す心配もありませんしね」と僕が混ぜっ返すと、ミルを取りあげられそうになったので、慌てて謝りました。

そんなこんなで、僕はHARIOのミルを譲り受けることになりました。調子が悪くなる気配もなく、今日も元気に働いてくれています。
 

Nくんが僕に教えてくれたこと

いまならNくんが、あんなに不便な道具を大事にしていた理由がよく分かります。彼はきっと、あのミルを、不便なところを含めて愛していたのでしょう。

そしてまた、僕もこのミルに対して強い愛着を感じています。もしかしたらそれは、僕の理屈からすると矛盾かもしれません。でもその矛盾は、僕の生活を豊かなものに変えてくれています。

「いつでも、どこでも買える」

そんなありふれたものが、いつのまにか手放せない宝物に変わっていく。理屈だけでは割り切れないところが、雑貨の魅力だと改めて感じました。

たくさんのことを教えてくれたNくんが、音楽史の研究のために海外へ旅立ってからもう3年。たまに長いメールが来るけれど、いまごろ、どこでどうしているのでしょうか。僕のミルがヴィンテージになってしまう前に、再会できると嬉しいのですが。

本日登場したアイテム

【イラスト】イチハラ マコ
【写真】クラシコム

 


渡辺平日

日用品愛好家。海の見える小さな町で生まれ育ちました。毎日が平日のつもりで、日夜せっせと文章を書いています。趣味は町歩きと物件探しと民話収集。そういう話題が耳に入ると、反応して振り返ります。主な寄稿先は『LaLa Begin』『和樂web』『goodroom journal』など。Twitterアカウントは@wtnbhijt

 


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