【金曜エッセイ】「またお仕事をお願いできるようにします」

文筆家 大平一枝


第五十四話:たった三文字、言葉のチカラ


 

 年が明けたのに、終わる話で恐縮だが、私の生業(なりわい)は、突然仕事が打ちきりになったり、編集者や制作組織が途中交代することがままある。それは、さほどネガティブにはとらえていない。
 終了や交代は、だいたい予算や方針変更や組織の事情によるものであり、理由がどうであれ、プロジェクトの仲間と完全に縁が切れるわけでもないからだ。
 ただ、やはり一抹の寂しさはいつもある。

 ある仕事で、担当編集者のいる会社がまるごとプロジェクトから途中降板したことがあった。彼らと組んだ最後の出版物が送られてきた。寂しいが、これは新しいなにかの始まりと、私もいつものように後ろを振り返りすぎず、リセットの気分で封を切る。
 献本の旨を記した送付状が入っているのは通常通りだが、今回は印刷の文字の下に手書きで一行が加えられていた。
「ありがとうございました。またお仕事をお願いできるようにします」

 こういうときの一言に多いのは、おそらく「またお願いします」だろう。あるいは「いつかまたご一緒できる日を楽しみにしています」、「またお願いできるようがんばります」。
「いつか」は来ないかもしれないが、これで終わりではありませんよと円満に締めるいわば常套句だ。
 私は、彼の「します」に、静かに胸を掴まれた。

「がんばります」だと、がんばったけれどだめだったという言い訳もできる。逃げ道を作らず言い切るところに、誠実さを感じた。社交辞令とは一線を画した、まっすぐな強い気持ち。    
「次のいつか」は本当に来るんじゃないかと思えた。

 うちの若手ですと紹介された日の、澄んだ若いまなざしを思い出す。
 現実が理想通りにならないことは彼も私も知っている。しかし、それが実現しようがしまいが関係ない。いま、そう思ってくれている。それで十分だ。
 語尾のたった三文字で、こんなに印象は違うものかと学んだ。

 仕事にはいろんな終わり方がある。イレギュラーな幕切れであったとしても、言葉一つで明日からのがんばりかたが大きく変わる。経験にあぐらをかかず、文章の腕をさらに磨き、研鑽を惜しまぬようにしよう。「いつか」が来たとき、依頼してよかったと思ってもらえるように。

 
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文筆家 大平一枝

作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

▼本連載の過去記事はこちら

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