【金曜エッセイ】ぬか漬けは夏の食べ物?
文筆家 大平一枝
第五十五話:選ばない勇気
定食屋を訪ねる取材で、創業69年の店の女将さんが教えてくれた。
「ぬか漬けは夏の食べ物。だからホントは冬はぬか床を休ませたいのよね」
ひと昔前は、どの家庭でもそうしていたという。一年中食べるものだと思っていたので、とても驚いた。
女将さんは、客の要望で通年作っているが、自分自身は冬は進んで食べないし、そもそも冬にきゅうりやトマトを食べるのが「性に合わない」のだそう。だって味が落ちるもの、短い期間でも、旬にまさるおいしさってないじゃない?と。
似た話を、フランスの一般家庭の台所取材でも聞いた。農業国のかの地では、ベリーやりんごにも、たくさんの種類がある。スーパーには、そのとき旬のベリーが並び、翌週行くと次の品種のベリーに変わっていて、買いそびれを後悔することがよくあるとのことだった。
「とくにりんごは品種ごとにジャム、お菓子、料理と用途が分かれるから、旬を逃さないよう注意深くチェックしています。2週間足らずで変わるから、頭の中にはりんごカレンダーができてるの」とマダムは語った。
フルーツは熟れておいしく、かつ安くなった頃をまとめ買いしてすぐジャムにするので、春や秋は大忙しなのだと。
料理家でも料理人でもない彼女たちの家の冷蔵庫を開けると、ローズウォーター入りラズベリー、プラム、黒胡椒入り苺など色とりどりの手作りジャムがずらり。毎年使い回すという瓶は、戸棚の中に一〇個以上あった。取材した六つのどの家にも、空き瓶のストックがたくさんあった。ラベルを子どもに描かせたり、パソコンで打ち出したりそれぞれ個性的だ。
ジャムは、ちょっとしたお土産や差し入れによく使い、品種や味付けが家ごとに違うので、同じフルーツでも、あげたりもらったりする。
そのときにしか食べられない旬の味を、瓶に封じ込めて保存する。小さいながらも世界に一つは羨ましく、ひどく贅沢なことに思えた。
前述の女将さんの店は、献立が木札に書かれているが、それ以外に手書きの紙札もたくさんあった。後者には「生アジフライ」「生さんま塩焼き」「生いかガーリック炒め」の文字が。
「以前は全部、生だったからそうわざわざ書く必要のなかったけれど、冷凍技術が発達した今は一年中いろんなお魚が食べられる。きちんと分けて書かないと、お客さんにはわかりませんから」
アジフライは530円で、紙札の生アジフライは690円である。
冷凍庫はもちろんだが、エアコンがない時代の献立は、 “店の扇風機が回っている間、品質が保てるメニュー” が鉄則だったそう。その日に生のアジを市場から仕入れたら、フライにするためすぐにパン粉を付ける。なるほどそれはうまいに違いない。刺し身でも食べられる鮮度のものを、揚げるのだから。
アジフライ、ラズベリージャム。一年中何でも揃う時代だからこそ、そのときにしか楽しまないという選択が、ゆたかな価値を生む。その結果、余計なエネルギーやコストを削減できる。
難しい理屈を振りかざさずとも、ぬか漬けは夏の食べ物。アジは初夏から夏。紅玉りんごは9月からで、ふじは11月と知っているだけで、自分の中の豊かさのものさしが少し変わる。それらは知らないより知っているほうがずっと楽しいし、おいしい。
ちなみに今月は白魚とサワラ、デコポンとハッサクがおいしいそう。ハッサクって夏の食べ物ではなかったのね。
文筆家 大平一枝
作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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