【でこぼこ道の常備薬】前編:すべてのことはいつか「思い出」になる(スタッフ青木)
文筆家 土門蘭
人生のほとんどは平坦な道だけど、時にはつまずいたりうまく進めなくなったりすることもあります。
人に頼るまでもないけれど、なんだかちょっと調子が悪い……そんな時、自分の中にある「あの人の言葉」や「あの人の姿」が支えになってくれることってないでしょうか。これは、そんな人生の「常備薬」的存在についてうかがうインタビューです。
今回お話をうかがったのは、クラシコム入社11年目の青木さんです。
商品ページの編集やライティングのほか、ラジオ「チャポンと行こう!」では義理の妹でもある店長佐藤のアシスタントなど、言葉を多く扱う仕事をしている青木さん。プライベートでは中学2年生の息子の母でもあります。
いつも朗らかで穏やかな印象の青木さんですが、そんな彼女の「常備薬」とは一体何でしょうか。
今の「もやもや」が
回収される日がきっと来る
土門:
さっそくですが、青木さんは悩んだり落ち込んだりすることってありますか?
青木:
改めて考えてみたんですけど、それが思い当たらないんですよ。若い頃はそういう時期もあったと思うんですけど、最近はないなって。
土門:
わ、そうですか! 青木さん、悩まないんですね。
青木:
夫にも「私って、悩んだり落ち込んだりしてるように見える?」と尋ねてみたんですけど、「いや、君は機嫌が良いか悪いかのどっちかだ」って言われました(笑)。「迷う」とか「考える」とかはあるんですけど……。
それで、「どうして私は悩まないんだろう」ってことも考えてみたんですが、悩んだり落ち込んだりするのって、キャパシティが要ることだからかもなって思ったんです。悩むのって、時間も材料も体力も必要ですよね。私はキャパが狭いゆえに悩みきれないんですよ。「これは悩みそうだな」ってなると、リミットが反応して「考える」に切り替わっているのかも。
土門:
キャパオーバーしてしまいそうになると、自然とオフになるんですね。
青木:
最近は、うちの子も中学に上がってコミュニケーションがとりやすくなったけれど、幼い頃はなかなか言葉でやりとりができないから「この子とどう付き合ったらいいのかな」ってよく考えていました。冷静でいられなくなる自分も嫌だったりして。でも、これからも毎日続くことを、あまり思いつめてしまうと身が持たないから、その日その日の気持ちで暮らすようにしてきたように思います。
仕事でも、私はいちいち時間がかかる方なので、新しく始めたことは大抵うまくいかないんですよね。でも徐々に慣れてうまくなっていくってわかっているし、修行みたいなものだと思っているから、苦手ながらも取り組めているのかもしれない。
そんなふうに、「悩む」というよりも「考えて行動する」、それが無理なら「一旦忘れる」って手段をとっていますね。いつか「あっ、今、あの時もやもやしていたことが回収されているな」ってあとからわかる日がきっと来るので。だから、考えてもしかたないことは考えすぎないようにしています。
土門:
なるほど、長期的な目線で感情を見ているんですね。確かに「悩む」行為って、短期的な「今」をループすることから生じるのかもしれません。
いろんな思いを味わうと
全部宝物になるんだな
青木:
実は、そう考えるきっかけになった本との出会いがあるんですよ。よしもとばななさんの『ベリーショーツ』(ほぼ日ブックス)っていう短編集なんですが、たくさんイラストが載ったとてもかわいい本なんです。
この本に出会ったのは、子供が生まれて1か月目くらい、やっと子連れで外に出られるくらいの頃だったんですけど、その時すでに育児に行き詰まっていたんですよね。
土門:
そうだったんですか。
青木:
我が子って確かにかわいいけれど、よそよそしさが消えなくて。近所のおばちゃんに「赤ちゃんかわいいねえ」って声をかけられただけで、「かわいいんですけど、どう扱っていいのかわからないんです!」って泣きそうになるくらい追い詰められていて。なにもかも初めてだから、よくわからなかったんですよね。
そんな時、本屋さんに行ったらこの本の帯が目に入ってきたんです。「この世は小さい面白いことだらけ」。
土門:
素敵な言葉です。
青木:
それを読んだ瞬間、「そっか、この世っておもしろいことだらけなんだ。しかもそれは小さいんだ!」ってハッとして、ジャケ買いしました。
この本には小さな息子さんとの言葉のやりとりなど、かわいいものばかりが詰まっているんですが、読んでいるうちに「私もこの子を育てていたら、いつかこういう景色が見られるかもしれないんだ」って思えてきて、すごく気持ちが楽になりました。今はこの時間が永遠に続くように感じられているけれど、すべて過ぎていくんだなって。
その時、「いろんな思いを味わうと、全部宝物になるんだな」って思ったんですよ。いつか今の重苦しい気持ちも晴れるだろうし、その気持ちがあったからこそこの本に出会えた。そういうことも全部、思い出になるんだなぁって。それ以来、「すべてのことは思い出になる」という宗教に入りましたね(笑)。
土門:
あはは。「すべてのことは思い出になる」教に(笑)。
青木:
その時ふと、自分は身の回りにある「うれしいな」「かわいいな」って感じたものを集めていきたいんだ、とわかって。そういう目で生活を観察していこうって思ったんです。
今のまま、柔らかな気持ちで
生きていても大丈夫
土門:
「すべてのことは思い出になる」って、辛い時でも自分を俯瞰できそうな言葉ですね。
青木:
あ、そうそう。俯瞰と言えば、もう一冊大切な出会いがあるんですよ。
こちらは21歳の上京したばかりの時に出会った本なんですが、その頃は学校に通いながらバイトもしていて、でも東京になかなか慣れなくてっていう「ちょっと疲れちゃったな」って時だったんですね。そんな時に、書店で高山なおみさんの『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』(文春文庫)に出会ったんです。
土門:
高山さんの初期のエッセイ集ですよね。私も大好きです。
青木:
わ、本当ですか? すごくいい本ですよね。
この本の持つ不安定な柔らかさが、その時の自分とマッチしたんでしょうね。それまであまり本を読んだことがなかったんですが、初めて出会えたって思いました。
私はそれまで、自分の感じたことや思っていることを人に言ってもわかってもらえないなって感じていたんです。まだ21なのに、「私って面倒臭いな」って思っていて。
でも、高山さんの本を読んだら「こんなに柔らかな気持ちで生きていてもいいんだ」って教えてもらった気がしました。人にはなかなかわかってもらえないのに、つい感じてしまう・思ってしまう……っていう心の柔らかさは、今は持て余してしまうけれど、それを手放さない限りいつか宝物になるんだなって。だから、私も柔らかな気持ちでいることをやめないぞって思ったんです。
土門:
まさにその「柔らかな気持ち」が美しい文章になっているのを読んだから、そう思えたんですね。
青木:
そうそう。その時、高山さんを勝手に自分の「友達」にしてしまいました(笑)。「話が通じる人がここにいる、私の『友達』にしてしまおう」って。
そういう意味で、先ほどのよしもとばななさんも「友達」です。一方的に本を読んでいるだけだけど、自分の中で対話が始まっちゃうんですよね。そう言えば自分にもこんな気持ちがあったなって、ぐるぐる考えて会話になっている。それでやっと心の整理ができるっていう。そういう「友達」は、いっぱいいますね。
「すべてのことは思い出になる」という青木さんのお話をうかがいながら、もしかしたら「今」に固執するのではなく、もっと大きな視点をもって「未来」から自分を見ることができるようになると、悩みの多いでこぼこ道も愛おしいものに変わるのかもしれないな、と感じました。
そんなことを教えてくれた人々を「友達」と呼ぶ青木さん。
会ったことはないけれど、自分の気持ちに通じる人たちを「友達」と呼ぶことができたら、もっと人生が豊かになりそうですね。
次回は青木さんの、他の「友達」についてもうかがいます。
(つづく)
photo:滝沢育絵(6枚目を除く)
もくじ
土門蘭
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
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