【金曜エッセイ】自分を変えようなんていきなり難しいけれど
文筆家 大平一枝
第七十六話:大きくて小さな話
ひどく小さな話をしたい。
夏用から冬用にマスクを替えてひと月半ほど経つ。マスクの衣替えをする時代が来るとは夢にも思っていなかったが、この小さな予防グッズとはファッションのようなつもりでうまく付き合っていくしかないと思っている。
ところで夏用は洗面所で洗い、脇のタオルバーに吊るすとすぐ乾いたが、厚い布製の冬用は乾きが悪い。
洗ったら、風通しの良いベランダで干すようになった。
我が家は、洗面所からリビングを通った先にベランダがある。これまで、マスクなど衛生グッズの置き場所は洗面所と決めていたので、取り入れたらそこまで持っていく。ところが、洗濯物を取り込んでいるときはたいてい夕食の用意や帰宅後の片付けなどと同時進行で、そのひと手間を端折りがちに。
あとで洗面所に持っていこうと、ひょいとベランダ脇の棚の上などに一次的に置く。そのまま忘れて翌朝、「こんなところに置いたら埃だらけやで」と夫に注意されるも、また繰り返して日々が過ぎてゆく。
今朝、ふと思った。
冬はマスクの置き場所を変えよう。埃がかぶらないように、ジッパー付きビニールバッグに入れて、ベランダ脇のキャビネットの上を定位置にすればいい。いただきものの可愛らしいイラストの入ったバッグがある。あれなら、リビングに置いても生活感を抑えられるだろう。
いやはや、本当にささやかな話で恐縮である。
家事動線を考えれば、干したマスクを取り入れてすぐのところに置いたほうが楽だ。
しかし、定位置を決めたら変えるべきではないとこれまで長く思いこんでいた。夏と冬とあちこち変えるなんて変だ、身だしなみや衛生に関するアイテムは洗面所に置くべきである、と。
無意識下の凝り固まった思い込みが、壁になっていたのである。
なんでこんなかんたんなことができなかったんだろう。既成概念というものの融通の効かなさを実感した。
年齢や季節や環境に応じて、暮らし方やライフスタイルはいくらでも変化するものであるし、変化していい。にもかかわらず、誰に言われたわけでもないのに、自分はこんな小さなことさえ変えられずにいた。その硬さと狭さがショックだった。
変化をいとわず、より良い方向にフレキシブルにどんどん変わることのできる自分でいたいと常に願っている。なのに私は、マスクの置き場所ひとつ変えられずにいたのだ。
自分を変えようなんて、いきなりは難しいけれど、暮らしは小さな決断の連続だ。その折々で、古い自分を脱ぎ捨ててやわらかく新しい選択をするレッスンを重ねていけばいい。小さなことを変えられない人間が、性格や思考などそうかんたんに変えられようものか。
さあ夕方になった。洗濯物を取り込もう。毎日活躍してくれるお助けグッズをもう埃だらけにせずにすむと思うと、心が小さく晴れるのである。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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