【日々に旅する瞬間を】第3話:夜更けの背徳。チョコレートとジューシーな赤ワイン
編集スタッフ 齋藤
「旅」と言うと遥か遠くへ行くことを思い浮かべます。けれども旅とは、土地を移動する物理的なものだけではなく、精神的な旅だってあるはずです。
この特集では架空のひとりの女性を主人公に、いつもの暮らしの中に不意に現れた、旅のような非日常の瞬間を切り取りました。
1話目と2話目では朝と夕方のシーンでした。最終話となる今回は、夜の風景。
自分のために買ったチョコレートを楽しむ瞬間をお届けします。
箱入りチョコの魔法にかかる
深夜の贅沢時間
ある日、誘惑にまんまと負けしまい、買ってしまった3箱のチョコレート。
こんなにどうするのよと自分に半ば呆れながら、でもやっぱり、チョコレートをずらっと並べた姿を眺めた時の、ときめきといったらない。
とろけるようなブラウンの一粒一粒が、夜をさらに濃くしてゆくような気がした。
お供は、重すぎない辛口の赤ワイン。近所のリカーショップの店主が、ガナッシュとか甘いチョコレートに合わせるならぜひと、おすすめしてくれた一本だ。
一口一口チョコレートを口の中で溶かすと、どこまでもつづく清らかな麦畑のような、満ち足りた黄金色の気持ちになった。
2杯目のワインを飲みすすめていた頃、私は不意にとある衝動に駆られ、たまにつけている日記帳を取り出した。
祖父から譲ってもらった万年筆も引き出しからひっぱり出して、感じたことや思ったことを酔いに任せて日記帳に書きつける。
いつもなら、時間と出来事をきっちり並べて書くのだけど。今日はどうもそんな気分になれない。
秩序を失ったとりとめのないイメージと気持ちの交錯が、ノートに散らばってゆく。かつてシュルレアリストのアンドレ・ブルトンが挑戦した、自動書記のように。
深夜のチョコと、ワインと、日記帳。
気持ちの良い酔いの中で、不意にいつもの私とは違う私が現れた気がして、一瞬戸惑った。
けれどももう深夜、誰にも会わない。誰も訪ねてこない。ちょっとくらい気がゆるんだって大丈夫。
ここはもう私だけの、秘密の場所である。
Photo : Mitsugu Uehara
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