【金曜エッセイ】同じ朝が来るならば
文筆家 大平一枝
第八十一話:眠れても眠れなくても、同じ朝が来る
もともと、悩み事のあるなしによらず、体質的にあまり良く眠れない。おおかたは、焦ってもしょうがないのでじーっと生理的な入眠を待つ。
やっかいなのは、考え事が止まらなくなってどうしても眠れなくなるときだ。長年の試行錯誤の末、いまはこう思うことにしている。
「考えたって考えなくたって、どうせ昨日と同じ朝がくる。だったら何も考えずに過ごしたほうが得だ」
だいたい朝は、今日も明日も同じ朝だ。
同じだから安心したり、落ち着いたり快適だったりする。
また、ひと晩寝たからといって急に悩みが晴れたりはしない。にもかかわらず、悩んだ末の朝はどんより心が重いし、眠りが浅くて体もリフレッシュしきれていない。それから、少なくとも私の場合は、夜考えるとたいてい内向きで、ネガティブなほうに転んでよけいに悩みが深まる傾向にある。
つまり、夜の悩み事は時間をさいても、いいことがないのである。生きていればいろいろあるが、同じひと晩なら、楽しいほうがいい。
いったん悩みを棚上げしたら、できれば脳が空っぽになってリラックスするような空想をする。たとえば私なら、次に家を買うときはこんな間取りにしようとか(買う予定などまったくないのに)。痩せたらどんな服を着られるだろうかとか(ダイエットもしていないのに)。深く重く考えこむのがバカバカしくなるような、できるだけ脳天気で明るい妄想をする。
少し前、同業の友達が体調を崩して通院した。不安にかられ悶々としているらしい彼女と、夜中にLINEを交わしながら、「悩んでも悩まなくても、朝が来る。どうせ同じ朝なら今だけ考えることをやめよ?」と書いた。
しばらくしてから、「あれがいちばんストンと胸に落ちた」と言われた。
私達は小さな頃から、問題はできるだけ早く正しく解決することがよいと教えられてきた。しかしおとなになると、そう簡単に解決しない問題のほうがずっと多くなる。それはきっと、自分の意志ではどうにもならない存在、たとえば人間や社会や自然が相手になるからだ。
自分でコントロールできそうにないことを、夜中にまで考えなくていい。陽の高いうちにうんと悩んで、せめてまぶたを閉じる夜くらいは、とんちんかんな夢みたいなことを思い浮かべて、心の荷物を軽くしよう。悩みごとに心身を占領されないようにしよう。そう考え始めた頃から、悩みを途中放棄したり、いったん棚上げして先延ばしにするのを、悪いことと思わないようになった。
問題を先送りをして、ひと晩なんとか眠りにつけるのなら、いいじゃないか。
あしたもまた同じ朝が来るのだから。
まだまだマスクを手放せず、落ち着かない日々が続いている。眠れなくなりがちな私が苦しまぎれに編み出したずぼらな悩み先送り術が、どこかで誰かのお役に立てたら嬉しい。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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