【金曜エッセイ】ミモザが美しくなる季節に
文筆家 大平一枝
第八十二話:季節を追う仕事も悪くない
フラワーデザインの月刊誌を手掛けているグラフィックデザイナーからのメールに、こう書かれていた。
「私の中ではもうお花見やイースターは終わりました」
1月の終わりのことだった。
花の雑誌で月刊誌ともなると、季節感をいくつも先取りする。3月、4月の花は紙面で十分楽しみましたという意味だ。でも行間から、けして先取りを嫌っていない、なんだかのんびりと楽しそうな趣きを感じた。読みながら、「それもいいもんだよな」と顔がほころぶ自分に驚いた。
私も女性月刊誌を編集していた20代の頃は、年末にはバレンタインを、3月にはゴールデンウィークの行楽の記事にとりかかっていた。料理もファッションもイベントも先の季節を追いかける。
やってもやっても仕事が終わらず、入稿した端からすぐ次の季節に目を向けなければならないので、つねに追いかけられているようなせわしない実感があった。
4年目くらいになると「この先もずっと、先のことばかりひねり続けなければならないのか」と、時々考え込むようになった。なんとなく、花見をしていても2〜3ヶ月先のことを考えている自分は、今を楽しめていないような、損をしているような気がしてしまったのだ。
出版を生業にしている人からは、なにをいまさらと一斉に笑われそうだが、当時は、季節を堪能せずもったいない、自分だけあくせくしているような感覚に襲われた。
今思えば、私自身が駆け出しで余裕がなかったのだとわかる。毎日がいっぱいいっぱいで、仕事とプライベートを分けて考えることも下手だった。
それから20年余。月刊誌の編集から遠ざかってずいぶん経つ。
デザイナーのメールの行間に、むしろ楽しそうな空気を感じたのは、率直に「季節を2倍楽しめてうらやましいな」と思ったからだ。
桜を仕事で楽しめて、実際の暮らしでもまた愛でられる。2倍お得じゃないの、と。
急ぐことは悪だと妙に思いこんでいた、あの頃の窮屈な自分がむしろ懐かしい。
歳を重ねると、やみくもに否定していた風景が、ちょっとしたことでまったく違って見えたりする。そして、多くの人生の先輩がきっとそう思ってきたように、私も再確認する。──歳を重ねるのも悪くない。
ミモザが美しくなる季節だ。
デザイナーの彼女は3ヵ月前とこれからと、レモン色の花が路地を彩る風景を2度楽しむのだろう。そんな仕事も素敵だな。
だいぶ時間がかかったが、そう気づけてよかった。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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