【でこぼこ道の常備薬】前編:花を通して落ち込んで、花によって回復する(フローリスト / 越智 康貴さん)

文筆家 土門蘭

人生のほとんどは平坦な道だけど、時にはつまずいたり、うまく進めなくなったりすることもあります。人に頼るまでもないけれど、なんだかちょっと調子が悪い……そんな時、自分の中にある「あの人の言葉」や「あの人の姿」が支えになってくれることってないでしょうか。

これは、そんな人生の「常備薬」的存在についてうかがうインタビューです。

今回お話をうかがったのは、フローリストの越智康貴(おちやすたか)さん。

表参道ヒルズでフラワーショップ「DILIGENCE PARLOUR(ディリジェンスパーラー)」を、東京ミッドタウンで「ISETAN SALONE dei Fiori(イセタンサローネ デイ フィオーリ)」を経営しながら、イベントや広告などでお花の装飾も行い、また、写真や文章の領域でも活躍していらっしゃいます。

初めて私が越智さんのことを知ったのは、彼の作るブーケの写真を見た時でした。「なんてワイルドでエレガントなんだろう!」というのがその時の感想です。

野生的で上品、かっこよくて可憐。そんな一見相反する美しさを同時に内包したブーケに、すっかり心を奪われてしまいました。

見ているとなんだか元気が湧いてくるのは、もともと持っている花の力を、彼が存分に引き出しているからかもしれません。

花を通して多くの人の気持ちを明るくしている越智さん。そんな越智さんも、悩んだり落ち込んだりすることはあるのでしょうか?

 

落ち込むのは、人とのコミュニケーションの部分

——さっそくなのですが、越智さんは悩んだり落ち込んだりすることはありますか?

越智:
僕、めちゃくちゃ落ち込みやすいんですよ。

——えっ、そうなんですか!

越智:
はい。お花屋さんをやっていたら、ウェブからのご注文含め、1日に少なくても60組、多い日には100組ほどのお客様がいらっしゃるんですね。

その中でたとえばお客様のイメージに添えなかったりだとか、お店の誰かしらがミスをしてしまったりすると、それが自分のことじゃなくてもすごく落ち込んでしまうんです。たとえ花一本のことでも、「やってる意味あるのかな」って気持ちになってしまって。

もちろん喜んでくださっている方もたくさんいらっしゃるんですけど、お一人でもその方の気持ちを受け止め損ねると、すごく落ち込んでしまうんですよね。

——それは少し意外でした。1日に何十組もお客様がいらっしゃるのなら、どんなに気をつけてもミスは起きてしまうものだと思うし、気にしないようにされているのではないかなと。でも、ミスの大小に関わらず、その事実一個一個がとてもダメージになるんですね。

越智:
そうですね。僕たちは花を流通させているようで、人の気持ちを流通させているので、たとえ300円のお買い物でも、お客様の怒りは本物なんです。

これは、例えば同じ300円のコーヒーでは起こりにくいことなんですよね。コーヒーは自分が消費するために飲むから、多少不満があってもそこまで怒らないかもしれないけれど、花の場合は贈る人への気持ちを台無しにされたような気持ちになるから、すごくがっかりさせてしまう。

——ああ、なるほど……。

越智:
だからこちらも神経質になって、そういうミスが起こらないように、四六時中スタッフと細かく連絡を取り合ったりするなど予防線は張るのですが、それでもうまくいかないことがあると、「こんなに神経すり減らしているのにうまくいかないなんて……」って、またハードに落ち込んじゃうんです。

——ご自身だけのことじゃなくて、スタッフさんやお店全体の動きも絡んできますものね。なかなか気が抜けなさそうです。

越智:
そうなんですよね。

 

もし、心の地図があったとしたら

——ちなみに、お仕事以外でも落ち込むことってありますか?

越智:
僕は割と友達がたくさんいる方なのですが、その中でもすごく親しい友達が片手くらいいるんですね。そういう人って、「心の地図」があったとしたら、「繊細島の繊細村みたいな場所が一致している人なんですよ。

——「繊細島の繊細村」?

越智:
はい。その他の島とか村とか国とかは、それぞれ配置も構成も全然違うんだけど、「繊細島の繊細村」だけ場所が一致している感じ。そういう人とは、繊細さを通してすごく信頼するんですね。

——それは、繊細な部分が重なっているということでしょうか。だから相手の方の気持ちもわかるというような?

越智:
そうそう。でも僕は時々そういう人に対して、不誠実になっちゃうことがあるんですよ。

たとえば友達からご飯のお誘いがあったときに、自分の仕事が忙しくて乱雑に断ってしまったりとか。それで後でハッとして、「自分だったらこういう対応されたら嫌だよな」「この人も 『繊細島』が同じところにあるんだから、絶対嫌だったろうな」って思う。そういう時、すごく落ち込んでしまうんですよね。

……あ、今思ったけれど、大体僕が落ち込む時って、自分がどうのっていうより、人とのコミュニケーションの部分で生まれていますね。

——おっしゃる通りですね。相手の気持ちに寄り添えなかった時に、落ち込んでしまうのでしょうか。

越智:
そうですね。それと同時に「人間として実力不足だな」みたいな気持ちになります。自分の役割を全うできなかったり、自分の大切なものを大切にできなかったり、その自分の不甲斐なさにしょんぼりしてしまうんですよね。

 

もっと大切にしていくことでしか回復できない

——そんなふうにしょんぼりした時は、どのように回復をされているんでしょう。

越智:
そのまま一回、徹底的に落ち込みます。「もうだめ、無理……」みたいな(笑)

——(笑)

越智:
でも、結局お花を見ていると「まあいっか」「やるか!」みたいな気持ちに自然となる
んですよ。

——へえー。

越智:
僕は二十歳の頃、百貨店の中のお花屋さんで働いていたんですけど、その頃人間関係の摩擦がすごくしんどかった時期だったんですね。だけど毎日花を触っているうちに「まあ、花は関係ないしな」って思うようになったんです。

それは今もよく思うことで、人間のミスで落ち込んだとしても花には関係ないことだから、花は花で120点でやりたいなって。だから、落ち込んでいても手をどんどん動かそうって。

すると次のお客様に満足いただけたり、自分自身がいいなと思えるものができてきたりして、「やっぱりこれしかないな」「こういうこともやりたいな」って回復してくるんですよ。それでまた花を通して落ち込んで……の繰り返しですね(笑)

——花によって回復される、と。あの、すごくそもそもな質問なのですが、越智さんはどうして花が好きなんでしょう?

越智:
今年で独立して10年目なのですが、今は花っていうか植物が好きなんですよね。

植物には、こちらが理解できないようなことがすごくたくさん詰まっていて。造形の表現性、色彩の豊かさ、絶対人間には作れないような精巧な構造とか……そういうのを見ていると、もっとこれいろんな人と共有したいなって思うんです。

僕は元々すごい飽き性なんですけど、花だけはもう全然飽きないんですよね。

——植物の神秘性に惹かれている、ということなのでしょうか。

越智:
植物は何かを隠しているわけではないから、「神秘性」っていうよりは「圧倒的他人感」ですかね? 無関係にそこにあるっていう感じ。

だから、花を擬人化したりとか、花に役割を与えるとか、そういう感覚は自分にはないんです。人間とは無関係にそこにある、っていうのがすごくいい。おまけに綺麗だし。

——越智さんが他人とのコミュニケーションで落ち込んでいる時に、また更なる他人がいるという。

越智:
そうそう、花には関係ないしねって。特に仕事での落ち込みは、花によって回復しているように思います。花と向き合っているうちに、もっといいコミュニケシーション、もっといい流通を生み出すしかない!って開き直るんですよね。

はっきり言うと、期待を裏切ってしまったときには、より良いものを提案・提供していくことでしか回復できないと思うんですよ。

それは友人関係においても同じで、謝るだけでは意味がない。もっと大切にしていくことでしか、回復できないんですよね。

 

落ち込んだときに支えてくれる「あの人の言葉」や「あの人の姿」をうかがっている、このインタビュー。そのひとつの答えとして越智さんは、人でも言葉でもない、「圧倒的他人」である花を挙げられました。

「人間とは無関係にそこにある、っていうのがすごくいい。おまけに綺麗だし」

人間関係やコミュニケーションで悩んだ時、「他人」よりももっともっと「他人」である花に癒される。花そのものが持つ純粋な力に励まされる。そんなことを実感している越智さんだからこそ、私は越智さんの作るブーケに癒されるのかもしれません。

次回は、越智さんにとっての常備薬についてさらにお話をしていきます。
どうぞお楽しみに。

(つづく)

 

【写真】濱津和貴

 

もくじ

 

越智康貴

1989年生まれ。株式会社ヨーロッパ代表取締役。2011年にフラワーショップ『DILIGENCE PARLOUR』をオープン。店頭小売のほか、イベントや広告などの装飾も行う。
instagram: @ochiyasutaka

 

土門蘭

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。


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