【レシート、拝見】記録に残らない記憶を描く、夏の一日
ライター 藤沢あかり
しげおかのぶこさんの
レシート、拝見
「ここね、上野にある甘味処です。行ったことありますか? すごくおいしいんですよ。上野は動物園だけじゃなくて博物館や美術館も集まっているから、見たい展示があると行くんです」
クリーム冷やし白玉に白玉ぜんざい、白玉クリームあんみつ。文字の並びだけで思わず頬が緩む、夏の始まりのある日のレシート。弾んだ声で話は始まった。
おもちゃデザイナーとして働くしげおかのぶこさんは、小学1年生の息子と夫との3人暮らし。部屋におじゃますると、好きなアーティストの作品や写真集だけでなく、子どもが拾い集めた石や貝殻、それに絵や工作がそこかしこに飾られている。
「あんみつのお店は、何年か前に、息子と博物館に行った帰りに初めて寄りました。恐竜展だったかな。たまたま店の前を通りがかったらすごい行列で、『おいしそうだね。帰りにまた通ったとき、並んでなかったらいいね』なんて言ってたんですが、帰りもやっぱり行列で。でも息子はソフトクリームがのったあんみつの写真に釘付けで、『待てる、絶対食べたい!』って。
うちの子、一度決めたら曲げないところがあるんです。結局、強い意志に負けたんですが、そうしたら、びっくりするくらいおいしくて……!」
以来、上野に行ったらここに寄るのが家族のお決まりコースになった。翌日のお楽しみ用にとテイクアウトの白玉あんみつを買って帰るのも、いつものお約束だ。
「わたしだけだったら、並ぶという選択肢はなかったなぁ。あのとき、息子の『食べたい!』に乗っかってよかったなぁと思いますね」
レシートは、そのあと立ち寄った画材店へと続く。新宿にある画材と文具の専門店は、日本最大級といわれる品揃えだ。
「色鉛筆を買いに行きました。毎日すごいたくさん絵を描くから、どんどん減っていくんですよ」
これ、と見せてくれた色鉛筆のセットは、背丈の短いものがたくさんあった。10色ごとにブック型ケースに入ったものが3セット。5歳の誕生日プレゼントに贈ったのだそうだ。
「ここだと、いろいろなメーカーのものが単品でも手に入るんです。学校のクレヨンも、短くなったものを買い足しました。
オンラインも便利ですが、やっぱり道具って手に取りながら選んだり、たくさんある中から自分に合うものはどれか探したりすることも大切なんですよね。息子も、普段使っている赤い色鉛筆は、どうも思っている色とは違ったみたいで、別メーカーのものから、『いい赤があった』って選んでいました。大好きなゴッドなんとかの髪を描く赤を見つけたんだ、って」
部屋のいたるところに貼っている子どもの絵は、どれもアニメのキャラクターだった。わたしも小学生のときによく観た、なつかしい国民的アニメ。「とにかく、好きの熱量がすごいんです」というしげおかさんの言葉にうながされて部屋を見回してみる。
「今は、寝ても覚めてもこればかり。ずっと絵を描いています。休みに入ってからは、さらに描いてますね。あんまり夢中だから、夏休みの宿題の自由研究もこれにする?って家族で話して、この日はスケッチブックも一緒に買いました。息子が自分で、表紙や紙を見比べながら選んでいました」
背丈を減らした色鉛筆を眺めながら、これまでの息子さんの絵をいくつか見せてもらった。子どもの絵は、そのときどきの興味が丸ごと投影されていてすごくおもしろい。2年前、奄美大島に行ったときには大自然の景色ばかり描いていたらしい。
「お出かけも旅行も、どこに行くにもこの色鉛筆3セットを持っていくんです。旅行も、奄美大島とか毎年どこかには必ず行ってたんですけどね。去年と今年は行けずじまいで」
休日の最後をしめくくるのは、近所のスーパーのレシートだった。
刺身用の湯びきマダイにタコ、ホタテに本マグロが並ぶ。大人のお楽しみはお気に入りのレモンサワー、パピコや雪見だいふくは子どものぶんだろうか。
「一度家に帰ってから、夕飯を買いにスーパーに走りました。普段だったら食べて帰るところですが、最近は家で食べるようになったので。息子がマグロととろろが食べたいって言ったので、じゃあいつもの手巻きにしようって。
ご飯とお刺身を海苔で巻いて、各自、自由に食べるんです。手巻きといっても、酢飯を使わない普通のご飯。ごちそうの手巻きとは真逆の、むしろ簡単に済ませたいときの定番メニューです。夕方に行ったから、お刺身も半額だったりしてね」
一気によその家の気配が押し寄せた。いつもの食卓、いつもの習慣、ごくごく当たり前の日常にあること。でも、家族という枠を超えて一歩外に出ると、ちょっと変わっていたり、うちの当たり前とは違ったりする、そんな空気がわたしは好きだ。
上野で食べるいつものあんみつ。旅行に行かずとも、大好きなキャラクターの絵を夢中で描いた小1の夏。家族だけが知っている、わがやの手巻きごはん。
わたしたちの暮らしのほとんどは、同じような毎日の連なりでできている。けれど、SNSにもスマホのカメラロールの記録にも残らない、繰り返される日常の景色こそ、あとからふと思いだす記憶だったりするから不思議なものだ。
わたし自身、大人になるにつれ、その思いはどんどん濃くなっていく。それなのに制限が多い毎日では、もっと遠くに、ここではないどこかにこそ、この夏の大切なものがあると思いたくなるのはどうしてだろう。
食器棚の一角に、不思議な形の枝が飾ってあった。
「以前、息子が近所の公園で拾ってきたんです。神さまの木を見つけた!って」
大人が見落としてしまう大切なことを、子どものほうが知っているのかもしれない。神さまは特別な場所じゃなく、すぐ近くにいる。わたしの家の近所にだっているかもしれない。なんだか、どこにも行く予定のない次の週末も、楽しみに思えてきた。
STUDIO pippi
しげおか のぶこ
おもちゃデザイナー。おもちゃや教材の企画・デザイン、ものづくりのワークショップ、気軽にできる工作のアイデアなどを通じ、年齢やルールにとらわれない自由なあそびを多方面から提案している。https://www.studio-pippi.com Instagram:@studiopippi
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ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。
写真家 吉森慎之介
1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。
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