【57577の宝箱】4,5滴の文字が心にしたたって ゆっくり広がる温かな色
文筆家 土門蘭
今年に入ってから、小学校のPTAの副会長と、保育園のバザー委員の副部長を担当している。最近は会議や文書作成で忙しい。
もともとは、保護者のそういった活動についてそんなに熱心ではないタイプだった。
毎日、仕事・家事・育児でてんてこまいだし、これ以上仕事が増えても私にこなせるわけがない。だからずっと避けて生きてきたのだけど、2年前、急に保育園のバザーの部長に立候補することになった。
というのも、誰もやりたがらなかったからだ。
「どなたか立候補される方は……」
そんな前バザー部長の呼びかけに、その場にいた保護者みんなが目を逸らした。私だって目を逸らした。仕事、多そうだし。大変そうだし。私には自信ないし。
ただ、私の苦手なもののひとつに、「長時間の会議」というのがある。1時間ほど経つと集中力が切れて眠くなってくるのだ。保育園の保護者会議は平日の夜に行われるので、エネルギーも余っていない。バザー部長が決まらぬまま、重々しい無言の空気の中、会議は長引いていく……。
それに耐えられず、「じゃあ、私やります」と手を挙げた。
「何するかわかってないですけど」とか「迷惑かけると思いますけど」とか、いろいろ言い訳しながら。
するとその場にいたみんながパッと表情を明るくし、「ありがとうございます」「助かります」と口々に言った。消極的な動機からの立候補だったが、みんなの笑顔を見ているとなんだかいいことをした気になった。
せっかくやるなら、頑張ってみるか。
そう思って、初年度は保護者の負担を大幅カットするべく、いろんな工夫をした。準備を楽にするためにいろんなアイデアを取り入れたり、会議の時間を短縮したり。結果、売り上げは例年とトントン、でも作業量はかなり減らすことができ、「楽になった!」とみんなが喜んでくれた。
よかったよかったと胸を撫で下ろしていたら、翌年はコロナでバザーの存続が危うくなった。通常なら部長は1年で交代なのだが、特別措置として私が2年続けて部長になり、バザーについては縮小しながらもなんとか無事終わらせることができた。
2年もやると、バザーのことならあの人、みたいな立ち位置になる。来年はさすがに部長は降りて、副部長として引き継ぎしていかないとな、と思っていた。
そんな私の動きを見ていた保護者の方に、
「小学校のPTAもやってみない?」
と声をかけられた。
「お兄ちゃん、うちの上の子と同じ小学校でしょう? きっと向いていると思うから、お願いしたいな」と。
頼まれたら断れない性格なので、「わかりました!」と気軽に引き受けた。こうして今年、小学校と保育園でそれぞれ役を担うことになったのだ。今思えば気軽に引き受けすぎたな、と思う。
§
バザーの準備をしながらのPTAの活動は、思ったよりも大変だった。
どちらもコロナ禍で集まることができないので、基本的にやりとりはメールかLINEだ。情報量が多くどんどんメールが流れていくので、なかなかついていけない。
また、会議はビデオ通話で行うのだけど、これがまたなかなかに厄介だ。直接お話をする機会がほとんどないので、まず顔と名前が覚えられない。大人数で会議をすると意見も出しにくいし、リアクションも伝わりにくい。
特に今はコロナでさまざまな活動が見直されている時期なので、議論すべき議題がとても多い。そのことも相まって、二つの場それぞれでみんなが疲弊してきているのを、なんとなく感じていた。
でも、特に疲弊していたのは私自身かもしれない。バザーでは古参で議長を務め、PTAでは新入りでついていくのに必死。どちらの会議でもピリピリと気を張っていたので、なんだか疲れてきてしまった。
みんなが何を考えているのか、よくわからない。会ったこともないし、雑談もないので、どんな人なのかそもそも知らない。
その不安や疲弊をなるべく見せないように、ビデオ画面ではニコニコと笑ってハキハキとしゃべった。みんながしゃべりやすくなるように、自分がちゃんとしないと、と思って。
§
「もうやめたいなぁ」
そのうち、そんなふうに思ってきた。なんで頑張ってるのか、よくわからなくなってきたのだ。
でも途中で投げ出すわけにもいかないし、とりあえず今年は続けないとな……と憂鬱な日々が続いた。そういう時に意見や指摘の書かれたメールを読むと、決して責められているわけではないのに少し凹んでしまう。やっぱり、文章であれビデオであれ、オンラインでのコミュニケーションはとても難しい。
そんな時、バザー委員のある方と、メールをやりとりする機会があった。バザーの作業のことで、個人的にお願いすることがあったのだ。ビデオ通話でしか話したことがない方だけど、彼女からの返信メールの最後にはこんなことが書かれてあった。
「会議の進行、まとめ方も素晴らしく、人柄と遂行能力にいつも感銘を受けています」
びっくりして、私はその一文を何度も読み返した。ビデオ通話の、小さな四角の枠の中に映っていた彼女の顔を思い出す。あの人が、そんなふうに思ってくださっていたなんて。
翌週も、同じようなことがあった。
PTAの文書を私が書いて、みんなに確認してもらうようメールで送ったのだけど、そのうちの返信のひとつに、こんな一文が添えられていたのだ。
「文章がわかりやすく、文面から親しみも感じました」
その一文を、やっぱり何度も読み返す。
立て続けに来た、嬉しいメール。
ちゃんと見てくれている人がいた。それを知らせてくれる短い一文が、こんなに嬉しいなんて。
こんなふうに「あなたの努力はちゃんと見ていますよ」と伝えられる人って素敵だなと思った。
§
それから私はメールを返す際、なるべく相手の努力や頑張りを見つけ、それを言葉にすることを意識し始めた。「了解です」「問題ないです」の後に、必ず「ありがとう」という言葉を添えるように。
メールの受け取り手が何を感じているかは、離れているのでやっぱりわからない。でもちょっとはいい気持ちになってくれたらいい。そんなささやかな願いを込めながら、私はメールの送信ボタンを押す。
せっかくやるなら、頑張ってみるか。
最近の私は、またそんなふうに思っている。
“ 4,5滴の文字が心にしたたってゆっくり広がる温かな色 ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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