【月と太陽がくれたカレンダー】第8話:八十八夜は「木」の気に満ちて
晩春も初夏もぽかぽかした陽気で、気持ちのいい季節ですね。
春から夏に変わる境目でもありますが、暑すぎず寒すぎず、4月下旬も5月上旬もおだやかで過ごしやすい時期なので、いったいどこまでが晩春でどこからが初夏なのか、ちょっとよくわからなくなってしまいそうです。
季節というのは、折々の自然のようすを受けとめながら、暑い頃を夏、寒い頃を冬というふうに、あとから人間がつけた名前ともいえます。
たとえ隣りあった時候に大きな違いがなくても、なんの不思議もなく、むしろさりげなく変わっていくのが季節感なんだと捉えるほうが素直かもしれません。
でもやっぱり、さわやかな新緑の候といった初夏らしさはあると思いますし、過ごしやすい季節という点では似通っていても、のどかな晩春とはなにかしら違うのではないでしょうか。
二十四節気では、春のおしまいの季節を 穀雨 といいます。続いて夏がはじまり、 立夏 という季節に変わります。
穀雨とは、穀物を潤す恵みの雨が降りそそぐ頃。
立夏とは、立春、立秋、立冬の仲間で、夏のはじまりを告げる節目。
晩春と初夏。穀雨と立夏。そのふたつの間には、 八十八夜 がありますね。立春から数えて八十八日目にあたるから八十八夜と呼ばれ、今年は5月1日に訪れます。立夏が5月5日なので、八十八夜はもう春もしめくくりの頃です。
そんな八十八夜に摘んだ新茶をいただくと長生きできる、といった言いならわしを聞いたことはありますか。
春の終わりにちょうど摘み頃になるということは、その茶葉は、春をたっぷり満喫しながら育ってきたともいえます。
古代中国の五行思想では、万物は木・火・土・金・水という5つの要素から成り立っていると考えられ、春は生命を育む、 木 の気の季節とされました。
八十八夜の新茶は、生命力あふれる木の気に満ちているから長生きする、といわれるようになったようです。
そうだとしたら、茶葉がたっぷりの木の気を受け取ってきたように、人間だって春先からここまで木の気をたくさんもらってきたのではないでしょうか。わたしの体にも、あなたの体にも、木の気がいっぱいに満ちあふれているのでは⋯⋯?
ただその一方で「八十八夜の忘れ霜」、「八十八夜の別れ霜」といった言葉もあります。
5月初めといっても、寒の戻りで霜が降りることもあるから、うっかり油断しないように気をつけて、というのが「忘れ霜」に込められたメッセージです。
八十八夜を過ぎたら暖かくなるから、これで霜はもうおしまいというのが「別れ霜」のほう。
どちらも種まきなどの目安になってきた言いならわしです。
晩春と初夏にはさまれた八十八夜の時分は、ときには寒さが戻ることもあり、どうやらただの過ごしやすい季節というだけでもなさそうです。
一見ぽかぽかとおだやかな時期で、心身には春の生命の気が宿りつつも、意外と体はこれまで花冷えや寒の戻りを感じてきたのではないでしょうか。
気持ちのいい新緑の候には、つい思いきり活動したくもなりますが、春の不安定な天気をのりきってきた体をいたわってあげるような一休み、二休みがあってもいいかもしれません。
わが家から自転車で20分ほどのところに小さな山があって、晩春に差しかかると、きれいな声でさえずる夏鳥がやってきます。澄みわたる美しい声の青い鳥、オオルリ。ヒンカラカラ⋯⋯と馬のいななきのように鳴くコマドリ。
小山を訪ねたらとっても楽しいだろうなと思うのですが、どうしてか4月の間はぐずぐずしてしまってなかなか足が向きません。
そうかと思えば、5月に入る頃にはパッと体が軽くなって、いそいそと小山へ出かけたくなります。
晩春と初夏。穀雨と立夏。その違いがちょっとよくわからなくなりそうと言いましたけれど、自分の体はちゃんと感じとっているのかもしれません。
ぽかぽかだったり、寒さが戻ったり、ちぐはぐな季節をのりきったあとは、どうか体の声にも耳を傾けながら、のほほんと初夏をお過ごしください。
文/白井明大
詩人。1970年東京生まれ。2008年より、二十四節気七十二候に沿って季節の移ろいを感じる「歌こころカレンダー」を毎年制作。2012年、『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』が静かな旧暦ブームを呼んで30万部超のベストセラーに。2016年、『生きようと生きるほうへ』で第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。『いまきみがきみであることを』『日本の憲法 最初の話』など、自然や生命や心の自由に関わる著書多数。
イラスト/shunshun
素描家。1978年高知生まれ、東京育ち。広島在住。心に響いた光景を、ブルーブラックのペン一本から生まれる線により、一つひとつ精魂を込めて描く。毎年自主制作している『二十四節気暦』カレンダーのファンは多い。著書に『椿ノ恋文画集』『一條線一片海』など。
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