【金曜エッセイ】自家製ジャムや梅干し。瓶詰めには母の想いが詰まっている
文筆家 大平一枝
マイホームを買った30代の頃から最近まで、空き瓶の定数を三つと決めていた。
それまで、三つ以上ないから困ったという経験が一度もなかったのでその数になった。
ほかにも、たとえば紙袋は大中小を3枚ずつ、靴は五足というように四角四面に決め込んでいた時期が長い。自由設計のコーポラティブハウスという集合住宅だったので、あらかじめ「何をどこにどれだけ」を決める必要があった。収納スペースには限りがあるため、できるだけシンプルにと心がけていた。
いっぽう実家の長野の母は、何でも溜め込む。父とふたり暮らしなのに、様々な大きさの空き瓶が20も30もある。驚くのはプラスチックの食品保存容器で、本当に数十個あった。『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』という著書の取材で県内を歩いたとき、どの家にも保存容器が100近くあり、実家はどれくらいだろうと試しに数えたから間違いはない。
長野の年配者の家庭の多くは、野沢菜をはじめ家で漬物を作る習慣があり、同じそれでも家ごとに味が違うので、お裾分けや持ち寄りの機会が多い。
入浴施設の正面玄関に「自家製漬物の持ち込みをお断りします」という看板を見たときは吹き出した。みな、たくあんや甘梅やかりんの砂糖漬けなどを保存容器に入れて持参し、風呂上がりにくつろぎながらお茶請けにするからだろう。
そりゃあ、容器や空き瓶はつねに必要だ。
ところがこの2年、私は空き瓶が欲しくてしかたがない。すぐには集まらないので、100円ショップで何度も買い足した。なぜかというと、梅干しを仕事仲間や義娘にちょこっとおすそ分けするときに必要なのだ。
保存容器もいくつか買った。息子夫婦が新型コロナの濃厚接触者になり、自粛生活を送っていた際、何種か惣菜を作って容器に詰めて届けた。ふたりは「オカンイーツだ」と喜んだ。
そのとき、長野の母の気持ちが少しわかった。ああ、作ったものをわけたかったんだな。手間暇かかったものを作る時間のない私のような者たちのために。だからあんなに溜め込んでいるんだな。
少し前の自分は、人にわけられるほど梅を漬けられなかったし、よその食卓を心配する余裕もなかった。毎日、家族の食事を用意するのが精一杯。それさえままならず外食に頼る日も少なくない。
きれいに洗ったちょうどいいサイズの瓶に、自家製のいちごジャムや唐辛子みそを詰めるような行為は、心にゆとりがないとできない。さらにはあの頃、我が家の梅が今ほどおいしくできなかったのは、分量も干し方も、いろいろと大雑把だったからだと思う。
子育ても一段落し、やっと日々にすきま時間ができ、いくらかていねいに漬物や惣菜を作れるようになったときには子どもはいないので、せめて空き瓶に想いを詰める。
そういうことだよね、と心のなかで母に話しかける。
今、我が家の吊戸棚には大中小・細長・まん丸。出番を待つ瓶が6、7個ある。何年後かには娘に疎まれるほど溜めこみそうだから気をつけねば。かつて私がそうだった。捨てられない人なんだなと半ば呆れながら母を見ていた。そうじゃない。愛情を詰めたいから集めているんだと今なら教えてあげられるのに。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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