【レシート、拝見】新聞、銭湯、傘作り。降っても晴れても続くこと
ライター 藤沢あかり
飯田純久さんの
レシート、拝見
おでん種の製造工場だったという、赤いタイル張りの建物。当時を知らせる看板がそのままの様子に少々不安に思いながら近づくと、同時にドアが開き、坊主頭の男性が顔をのぞかせた。
「こんにちは。場所、すぐわかりましたか?」
傘作家の飯田純久さん。あじさいやミモザといった植物から、のり弁や綿棒のようなモチーフまで、やさしさやユニークさに満ちたデザイン。オーダーメイドの傘で知られる「イイダ傘店」のアトリエにおじゃました。
コンビニ、ホームセンター、コーヒーショップ。そのなかに「新聞」のレシートを見つけた。
自宅がある神奈川の山あいから、都内のアトリエまで。片道約1時間のお供として、電車のときは新聞を、車のときは同じ値段でコーヒーを買うのが習慣らしい。
「新聞って、取ると読まずにたまっていきませんか。でも、その都度お金を払うと、なぜかちゃんと読むんです。雑誌に近い感覚なのかもしれません。日によって銘柄もいろいろです」
時事ニュースだけでなく、書評や健康の話題、ときには専門家による宇宙の話まで。思わず出会える読み物が充実しているのも新聞のおもしろさだ。
とりわけ好きなのは投書欄。社会への訴えや10代の意見もあれば、90代のおじいちゃんのなんでもない思い出話があったりもする。数日後、別の人から返事のような投書が載ることもあり、それは読んでいる人だけが共有できる小さなお楽しみ。
「学生時代にコンビニでバイトをしていたとき、サラリーマンが新聞を買っていく姿を見ていました。銘柄だけ言ってお金を置いて、自分でシュッと抜き取っていくんです。新聞を片手に毎日同じ電車に乗って、昼はなじみの立ち食い蕎麦屋に行くような、いわゆるサラリーマンの姿にどこか憧れていたんですよね。卒業して社会に出ると、自分でも実践するようになりました。その頃から、もう20年以上買って読んでいます」
街で見かけるサラリーマンは、父の姿とも重なっている。一番すぐそばで見てきた、働く人の姿である。
当時から続くもうひとつの習慣が、レシートにもあった銭湯通いである。
「アトリエ近くにある、昔ながらの銭湯です。レシートが欲しいです、って伝えたら受付は大慌てでね。最終的に店主のおっちゃんが出てきて領収書を書いてくれました。もう一枚は自宅のそばにあるところで、こっちは温泉。いいところです」
懐かしい湯気のにおいと、風呂桶のぶつかる音が記憶の向こうから押し寄せる。
銭湯のなにが好きですかと尋ねると「無になる感じ」とのこと。
「普段は、あれをしないと、これもしないと、と余計なことを考えてしまうじゃないですか。気分を変えようと外へ出ても、つい携帯や手帳を見てしまう。でも、銭湯だと裸、なにもない。それが好きなんです。
まっさらなゼロの状態から仕事のアイデアが浮かぶのも、たいてい風呂にいるときです。『今日はこれを考えるぞ!』と意気込んで行くわけではないんです。ただ気持ちいいなあと浸かっていると、研ぎ澄まされていくのでしょうか。そのとき抱えている課題や、まだ机の上で手を動かす前段階みたいな形のないものが、ふと思いついたりします」
アイデアは、0から1になる部分が一番大切で、そして一番難しい。1までいけば、ゴールまではなんとかたどり着けるし、まわりのスタッフとの関係性で進めることもできる。
在学中に作った一本の傘。それがきっかけとなり、卒業後は就職ではなくひとりで生きる道を選んだ。それを飯田さんは「ロールプレイングゲームのよう」だともいう。みずからの手でその折々に必要なものを集めながら、通る道も順番も自分で決める、地道に進む人生。
「傘を仕事にした理由はいろいろありますが、雇われるのではなく自分で稼いで、そのお金で食べて、新聞を読んで、ときどき銭湯に行って。そうやって生きてみたかったんだと思います」
ひとり暮らしの部屋でコツコツと傘を作っていたときから気づけばずいぶんと経ち、傘を欲しいと言ってくれる人が増えるにつれ、スタッフを抱えるようになった。ひとりぼっちの「ロールプレイングゲーム」だった働き方は、会社というかたちになり、作れる傘の数やアイテムも増えてきた。
「出張先で、スタッフへのお土産をなににしようかと選ぶのも楽しみなんです。そういう意味では、僕も夢のサラリーマンに近づいているのかもしれませんね」。ちょっとうれしそうに、いたずらっぽく飯田さんが笑う。
これからの目標はありますか? そう問うと、じっくり考えて答えてくれた。
「年に2回の受注会を、変わらず続けていくことです。どうやったら変わらず続けられるか、そのために何ができるかをずっと考えています。
いまたくさんの傘を作ることができるのは、受注会に来てくださった人たちがいたからで、そのコミュニケーションはこれからもていねいに向き合っていきたいです。でもオーダーメイドの受注会は、手間も時間もかかります。頭だけで考えれば、別の方法があるかもしれません」
ちょっと油断すると、やめてしまうかもしれない。だからこそ「続ける」と意識しているのだという。そして迷ったときには、初心に立ち返る。
「僕の一番の目的は、多くの人に喜んでもらうこと。雨具を作りたくて始めたわけではなく、僕は傘を通じて、楽しんでもらえることを生み出したいのだと思います」
同じことを続けていくことと、同じことを繰り返していくことは、似ているようでまったく違う。変わる社会の中で、完成も正解もないことを、変わらず続けていく難しさを思う。だからこそ、新しいことを取り入れ枝葉を伸ばしながらも、大切な根っこを守り続けると決めている。
新聞を読み、ときどきひと風呂浴びながら、これからのことを考える。あの頃と変わらない習慣も、変わりながら守り続けるいまを支えているのかもしれない。自由でおおらかなデザインの傘を支えているのが、しっかりとした骨であるように。
飯田純久(いいだ・よしひさ)
傘作家。「イイダ傘店」主宰。オリジナルのテキスタイルデザインやパーツを選びオーダーできる日傘・雨傘の受注会を、日本各地で巡回。今後の予定は、京都会場2022年3月22日(火)〜28日(月)、神戸会場4月1日(金)〜4日(月)、福岡会場4月8日(金)〜12日(火)。ウェブサイトでのオンライン受注会も3月10日(木)〜29日(火)まで開催。http://iida-kasaten.jp
ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。
写真家 長田朋子
北海道生まれ。多摩美術大学卒業。スタジオ勤務を経て、村田昇氏に師事。2009年に独立。
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