【金曜エッセイ】歳を重ねたら自分を理解できると思っていたけれど

文筆家 大平一枝

 中学の頃、友達が「大平って、なにかに熱中してるとき、口がとんがるよね」とおかしそうに言った。全くそんな癖に気づいていなかった私は、「ええ?」と聞き返した。すると周囲の友達が口々に言った。
「あーたしかに。尖ってる!」「口をタコみたいにすぼめてるよ」
 
 それから意識をしていると、たしかにそのとおりだった。テストを受けているときや、針に糸を通そうとしているときなど、気づくと唇がタコのように前に突き出している。「ス」と発音するときの口の形だ。

 恥ずかしく思いながら、しばらく家族を観察していると父が日曜大工をしているとき、思い切り口元がタコになっていて笑ってしまった。これは直らないや、だって血筋なんだものと。
 今も癖は直っていない。締切ぎりぎりまで原稿と格闘しているときや、よく切れるピーラーで里芋の皮をむくときなど、無意識のうちについそうなっている。

 はっとして唇を引っ込める刹那、中学のあの子が教えてくれた日を思い出すことがある。私の知らない私を教えてもらった日。自分の顔は、自分がいちばん知らないものなのだ。

 この癖は特殊だが、自分の無表情や、気が抜けて精気がない顔というのもじつは知らない人が多いのではないか。人はたいてい鏡に向かうとき、自分のいちばんいい顔をする。メークをするときは、出来栄えを確かめるべく目を大きく見開いたり、顎を引いて背筋を伸ばしたり。
 他人は、それ以外の顔をたくさん見ているのだ。

 性格も、同じだ。わかっているようで自分のことがいちばんわからない。繊細なつもりでいるのに、ついデリカシーのない言葉を放ってしまい悔いたり、アバウトで大雑把のつもりが、小さなことでいつまでもくよくよしたり。
 その分、他人のことはよく見える。距離があるから、冷静に俯瞰できるのだろうか。全てはわからないが、だいたいこういう人柄だろうという見当は当たる。

 歳を重ねたら、自分を理解できると思っていたら大間違いで、経験を積めば積むほど人はどんどん複雑になる。やれやれ。

 けれどもそんな自分とこれから先も付き合っていかねばならないのだから、悲観してもしょうがない。最近はこんなふうに考えるようにしている。無防備で目には輝きがなく、よれよれに疲れて、無表情な私をたくさん知っている友人や家族が、それでも自分に付き合ってくれるのだから、ありがたいじゃないか。

 自分がいちばんわからないと悟れば悟るほど、他人に感謝が増すのは悪くない。もしも対人関係でイライラすることがあったら、いっぺん鏡に向かって思い切り無防備な顔をしてみるといい。あらら、こんな私に付き合ってくれていたんだと思ったら、きっとありがたさでいっぱいになるに違いない。

 

長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

photo:安部まゆみ

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