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【金曜エッセイ】近所の桜並木を眺めて「始まり」を思う

【金曜エッセイ】近所の桜並木を眺めて「始まり」を思う

文筆家 大平一枝

 近所に桜並木がある。今は若々しい新緑が5月の空をさらに明るくしている。まだ越して半年余なので、桜の木がそばにある生活は毎日が発見の連続だ。

 いちばん驚いたのは遡ること2月。窓から眺めながら家人が言った。
「緑道全体がぼんやりピンクがかってる」
 花も葉もない丸裸の木を相手に、なんのことを言っているのだろうといぶかしく外を見る。そういわれると、たしかに全体になんとなくふわりと明るい。どこがと言われるとうまく表現できないのだが、たしかに昨日や一昨日の木とはなにかが違うのだ。

 駅に向かう途中、枝に目を近づけ「あっ」と声が漏れた。
 枝先の硬そうに見える茶色の花芽がふくらみ、ほんのり赤みを帯びている。ピンクとまではいかない。よく見ないとわからない赤茶色。
 これだったかと小さく胸が震えた。

 毎日見ているつもりなのに、見えなかった。枯れ木にさえ見える枝々の端で、春の息吹の準備を人知れずしている姿にしびれた。
 たくさん集まると薄紅色の妖艶にも見える空気をまとう。桜ってすごいなあとしみじみ感心した。

 若葉も同じだ。散り始めた枝先から緑の新芽がのぞいている。それだけで並木全体から今度はほのかにグリーンの空気が漂う。そのうち目に見えて“若葉萌ゆ”の清々しくまぶしい緑に覆われるのだろう。そうなると、私などはあのほのかな頃の喜びを忘れかける。

 始まりは、よくよく見ていないとわからないものだがもう始まっている。たとえばこの文章も、あの2月からじつは私の中で始まっていたともいえる。
 この年になっても、あの冬のピンクのように、知らなかったことはまだまだたくさんある。小さななにかが生まれるときの感激や感動を一つでも多く見つけたいし、忘れないようにしたい。

 

長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

photo:安部まゆみ

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