【57577の宝箱】犬に話しかけるときだけ現れる もう消えたはずの故郷の言葉

文筆家 土門蘭


高校を卒業するまで広島で育ったので、長いあいだ広島弁を喋っていた。

大学進学とともに京都にやってきたのだけど、みんなが関西弁を話す中、なかなか広島弁が抜けなかった。語尾に「じゃ」をつけるとか、「だから」を「じゃけん」と言ったりだとか、「しなくちゃいけない」を「やらんにゃいけん」と言ったりだとか。

ちょこちょこと方言が出るので、よく「広島出身?」と聞かれた。その通りだから問題はないのだけど、会話中に「あれっ」という空気になるのがなんだか恥ずかしくて、知らず知らずのうちに方言を抑えるようになった。代わりに覚えたばかりの関西弁を使う。そうすれば、会話の流れがスムーズになるからだ。

広島を出てからもう20年ほど経つのもあり、今ではあまり方言は出ない。家の中で家族と話すときですら、封印している。封印していたら、ますます出せなくなってしまって「広島出身なのに、広島弁出ないんですね」と言われるほどになった。

でも、先日仕事で取材に行ったとき、こんなことがあった。
取材先のお宅に犬がいて、「わあ、可愛いですね」とデザイナーさんと話す。そのとき、私自身はまったく意識していなかったのだけど、同行していたデザイナーさんがこう言ったのだ。
「土門さんって、犬に話しかけるとき広島弁になるんですね」

えっ?と私は驚く。自分が犬に話しかけていたことにも、そのとき広島弁になっていたことにも、まったく気づいていなかったからだ。

私はあのとき、犬に何て話しかけていたんだろう。咄嗟のことだったので聞けなかったのだが、今になって少し気になっている。

§

そんなことがあったあと、大学時代の友達と会う用事があった。

そこで気がついたのだけど、私はそこでも広島弁を話していたのだ。友人は京都の子なのにも関わらず、だ。
なぜだろうと考えたところ、その友人と出会ったのが、まだ広島弁が抜けていない、京都に引っ越してきてまだ間もない時期だったからではないか、と思った。その頃を共に過ごした友人に会うと、当時の自分に戻る感覚があるのだろう。それとともに、言語も当時使っていたものに戻るなんておもしろい。そう思いながら、懐かしい友人とおしゃべりを楽しんだ。そうそう、こんなリズム感、こんな抑揚で喋っていたよな、と。

方言を使うと、自分がなんだか幼くなったような気持ちになる。幼い頃に使っていた言語だからだろうか。より素直に、より正直に、ものを言えるような気持ちになるのだ。いつもはしっかりものな顔をしている(つもりの)私だけど、方言で話し始めると急に子供っぽくなる。きっと犬に広島弁で話しかけたのも、幼い頃の自分が出てきたからなのだろう。

そんなことを考えながら方言で話していると、だんだん自分がリラックスし始めるのがわかった。子供みたいに笑ったり、甘えたり、冗談を言ったりする。こんな自分も、まだ私の中にいたのだな、と思う。

§

そういえば以前、英語を話せる友人が、「長く海外にいると、思考も英語になる」ということを教えてくれた。私は外国語が一切話せないのでわからないのだけど、長い時間外国語を話していると、思考も日本語からその言語に切り替わる瞬間が来るらしい。

「すると、なんだか性格まで変わるような気がするんだよね。日本語で物事を考える僕よりも、英語で物事を考える僕の方が、陽気でドライな気がする」

そんなことも言っていて、「へえ、おもしろいな」と思った。確かに文法が異なれば、思考の順番も変わるだろう。その国の雰囲気や空気感も纏うことになるだろうから、性格が変わるのだって不思議ではない気がする。

「じゃあ逆に考えると、いろんな言語を習得すれば、それだけ違う自分になれるかもしれないってことだね」
そう言うと友人は「確かに!」と笑った。

地球上にはいろんな言語があるけれど、それらを習得した自分は、どんな自分になるんだろう。もしかしたら日本語を話しているときには思いつかなかったことを思いついたり、やったりするのかもしれない。

「自分の中にいろんな言葉を持つって、おもしろいね」
まるで、自分の中に地図を持つみたいだと思う。

広島の言葉を話す私、京都の言葉を話す私。
もしかしたら未来には、英語を話す私や、中国語を話す私、フランス語を話す私だっているかもしれない。新しく覚えた言葉の分だけ、自分の中の地図が広がるのであれば、思考や感情はもっと自由になるだろう。まるで飛行機で行き来するみたいに。

「語学、勉強してみようかなぁ」
そう言うと、英語が堪能な彼は「とてもいいと思うよ」と微笑んだ。

 

“ 犬に話しかけるときだけ現れるもう消えたはずの故郷の言葉 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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