【57577の宝箱】目を見張る速さで大きくなっていく きみの身体に思い出詰めて

文筆家 土門蘭


ずっと料理が苦手で、それをどうにかしようと思い切って料理のレッスンを受けたことを、以前この連載で書いたことがある。

その後はおかげさまで料理への苦手意識もだいぶ薄れて、「今度あれを作ってみようかな」とか「こうしたらもっとおいしくなるかも」とか、前向きに取り組めるようになった。毎日のことなので、意識が変わるだけでも大きな変化だ。

一番変わったのは、やっぱり自信がついたことかもしれない。
教わった通り、おいしくなるように工夫したのだからおいしいはずだ。そう思えるようになってから、「おいしくできた」と自画自賛するようになり、食事をする時間もずいぶん楽しくなった。

そんな中10歳の長男が、
「俺も料理してみたいな」
と言うようになった。クラスメイトにも自分でご飯を作る子がいるらしく、やってみたいのだという。

とは言え、教えるまでのスキルと自信はまだ私にはない。どうしたものかなぁと思っていたら、私にプライベートレッスンをしてくれた先生が、子供向けにオンラインでグループレッスンを開催していることを知った。

「やってみる?」と聞くと「うん!」と元気よく言う。それで、今度は長男が料理のレッスンを受けることになった。

§

初めて挑戦したメニューは、ハンバーグだった。

長男と一緒にスーパーで材料を買ってきて、台所に並べる。手を洗い、エプロンをつけ、パソコンから聞こえる先生の声を聞きながら、材料を切ったり捏ねたりした。

最初は、包丁や火を使うなんて危なくないだろうかとハラハラしつつ見守っていた。でも、もう10歳ともなれば気をつけて使うことができる。いつもなら「何か手伝いたい」と言われても「危ないから」という理由で断っていたのだけど、そうすることで彼の成長をストップさせていたかもしれないと反省した。とは言え、平日はどうしても忙しい。だから、こうしてちゃんと成長のための時間をとるって大切だなぁと思った。

画面上には他の子供たちもいるので、長男も張り切っている。一生懸命取り組んでいる姿を見ると、なんだか感動した。

長男が初めて作ったハンバーグは、少し焦げていた。バラバラの大きさの玉ねぎの微塵切りが、歪な形に丸まったハンバーグからはみ出している。だけどとてもおいしそうで、家族で食卓を囲みながら「すごいね」「おいしそう」と心から言った。

「いただきます!」
長男が真っ先に一口食べる。すると、両目をぎゅっとつむって「んー!」と唸りながら、「俺、こんなにおいしいハンバーグ初めてや!」
と言った。

「あっ、でもお母さんのハンバーグが一番おいしいで」
すぐにそう気を遣われたので(長男は私が料理にコンプレックスを持っていることを知っている)、
「いや、このハンバーグが一番おいしいよ」
と返した。

長男の作ったハンバーグは、本当においしかった。

§

ただ、次の回はなかなかうまくいかなかった。メニューは、卵焼き。

卵焼きって、結構難しいのだ。卵液を流し込んで、クルクルと巻くだけではあるのだけど、その一連の流れは慣れていないとうまくできない。火が強すぎると焦がしてしまったり、まだ固まっていないのに動かすとぐちゃぐちゃになったりする。ある意味で、ハンバーグより難しいかもしれない。

卵焼き器を持ったまま途方に暮れた長男が、
「できない」
と、悲しそうな声を上げた。
横に立ってあれこれとアドバイスしてみるが、口ではうまく説明できない。二人でオタオタしていたら、結局、焦げてボロボロになった卵焼きができあがった。

予想とは全然違うものができてしまって落ち込んだらしく、長男は台所でこっそり泣いている。私は彼の作った初めての卵焼きをお皿に乗せながら、
「初めてなんだし、うまくいかなくて当然だよ」
と言った。

「私だって、初めはうまくいかなかった。何回も作るうちに、自然と上手になったんだよ」
冷蔵庫から卵を3つ出しながら、自分で自分の言葉に「そうだよなぁ」と思った。私もこんなふうにうまく作れない時期があったけど、それでも何度も作り続けた。だからこそ、今当たり前のように作れている。そう思うと、今目の前にいる長男が、料理を始めたばかりの頃の自分に見えていじらしかった。

「さ、もう一回作ってみよう。次はもっと上手にできるから」
長男が涙を拭ってうなずく。そして、また卵焼き器に油を広げた。

§

2回目に作った卵焼きは、ずいぶんきれいにできた。
「すごい上手にできたじゃん!」と言うと、長男が嬉しそうに笑う。

1回目と2回目の卵焼きを並べてみると、その違いは一目瞭然だった。
「回数を重ねるほど、上手になるんだよ」
そう言うと、長男は2つの卵焼きを見つめながら、
「3回目はもっとうまくできるかもな」
と言った。さっきまで泣いていたのに、すでに自信を取り戻したらしい。

長男はきれいにできた方を食べ、「うまい!」と言った。
「これ、明太子入れてもうまいかもなぁ」
とニコニコしている。

私は、1回目の卵焼きをの方を口に入れた。焦げていて、もそもそしていて、形も整ってはいなかったけれど、私にとってはとても味わい深い卵焼きだった。もう作れない、初めての味。
「これはこれで、すごくおいしい」
そう言うと、長男は「えー?」と恥ずかしそうに笑った。

モグモグとおいしそうに頬張る長男の顔を見ながら、いつか彼がこの家を出る日のことを想像する。
ここで習った料理のレシピは、いつか忘れてしまうかもしれない。だけど、それでもいいと思う。こうして一緒に作った記憶だけ、残ってくれたらそれでいい。

自分の手で、おいしいものを作れたのだということ。自分の作ったもので、人が喜んだのだということ。
そのことだけ忘れないでいてくれたら、それでいい。

「お母さん、今度は何食べたい?」
お腹いっぱいになった長男が、目の前で笑っている。

 

“ 目を見張る速さで大きくなっていくきみの身体に思い出詰めて ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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