【金曜エッセイ】人付き合いは「のんびり待つ」の姿勢で
文筆家 大平一枝
私の名字は、「おおだいら」と読む。友達に冗談混じりにこう呼ばれることがある。
「スーパーせっかちだいら」
あるいは「見切り発車部隊」。
自分のことながら、言い得て妙と笑ってしまう。なにしろ、なにごとも待てないのだ。高校時代、弓道部に属していたが、弓を引ききった状態でためを作り、精神を集中するほど的中率が上がるのに、待てずに矢を射ってしまう。早く結果が知りたくてしょうがないのだ。顧問の教師や先輩にも散々注意されるのだが最後まで直らず、卒部コンパでは同級生に謎掛けで遊ばれてしまった。
「大平さんの弓とかけて、あんこだけのお汁粉ととく」
「そのこころは」
「もちがない」
全員爆笑。“もち”とは、弓をひいたまま的を定めてためる「間(ま)」のことをいう。
だから、同じ学年で唯一、卒部まで皆中(4本全矢が的中すること)がなかった。歴代の先輩にもそんな部員はいない。
そうだよなあ、私はもちがないし、待てないんだよなあと苦笑した。あのときもっと恥ずかしく受け止め反省していたら、人生は変わっていたのかもしれないが。
人間関係についても同じだ。
何か少しでもこじれると、いますぐどうにかしたくなる。怒らせたら謝りたいし、相手が弱っていたらすぐ話を聞きに行きたい。誤解があれば1分でも早くときたいし、いい人と思われていたい。
しかし、近頃それはどうも違うと思い出した。
なにごとも、待つほうが案外うまいくのではないか。
拙著『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)に、30代半ばの子育てが忙しい頃に疎遠になった中学時代の友達と、20年余を経てゆっくり付き合いが始まった話を書いた。なにがあったわけでもないが、連絡を取り合わなくなった。そのうち時が満ちたら友情は復活するかもしれないし、仮にそうならなくてもしょうがないと腹をくくった。それがよかったようだ。
「わかります」「私もつい焦って人間関係を繕おうと思いがちですが、年令を重ねるとそうしないほうがむしろいいこともありますよね」と共感のコメントをいくつか頂いた。
人間関係において、せっかちになりやすいのは私だけではないんだなと少しほっとした。
歳を重ねるほどに、人はそうかんたんに変わらない、頑固なものだとわかってくる。自分のことに精一杯で、ほかに気が回らない時は誰にもある。なにかあって離れたとしても、むやみに追いかけたり悪あがきしないほうがいいと実感している。そういうときほど空回りをするものだからだ。
時に身を任せ、「あのときはこうだったんだ」と相手が素直に言い出してくれるまで待つ。何十年かかったとしても、相手の真意がわかるまでは動かない方がいい。
スーパーせっかちで、餅のないお汁粉みたいな私だが、人付き合いだけは「のんびり待つ」スタンスでいたいと思う。それで終わったらそこまでのお付き合いなのだとあきらめよう。
長所も短所もある人間どうし。許し合いながら、待ちながら。焦らず生きてゆきたいのである。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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