【57577の宝箱】熱々のお茶に鎧が溶けていく 現れ出たのは素顔の私
文筆家 土門蘭
最近、お酒をあまり飲んでいない。
もともとお酒が大好きで、妊娠・授乳期を除いて毎日飲んでいた。
仕事が終わって子供を迎えに行ったら、ビールを1本飲みながら夕飯を作る。仕事の時間から自分の時間へと移行するための飲み物。私にとってお酒には、そんな役割があった。
でも、あれは先月か先々月だったろうか。
週末に友達と食事をしに行って、そこで大いに飲みすぎてしまった。楽しくてどんどん飲んでしまったのだが、途中から何を話したかどうやって帰ったか覚えていない。
翌日はひどい気分だった。頭は痛いし、気持ちが悪いし、顔から変な汗が出てベトベトしている。「昨日失礼なことを言わなかっただろうか? 誰かに迷惑をかけていなかっただろうか?」とゾッとするほど不安になって、一緒に飲んでいた友達のSNSアカウントをチェックしたり、直接メッセージして謝ってみたり。その後はひどい二日酔いで、1日中寝込んでいた。
「もう飲みすぎないぞ」と何度思っても、時々こんなことをやらかしてしまう。しかも年々体が衰えてお酒に弱くなっているのか、すぐに酔っ払うし次の日にもかなり残る。せっかく楽しい飲み会の時間を過ごしても、翌日の気分と体調が最悪なのは悲しいことだ。
「そろそろお酒、控えるか」
さすがに反省して、そう決めた。毎日飲んでいたのを、平日はなしに。友達と外食する時も、いつもならビールの中ジョッキ5、6杯は必ず飲んでいたところを、2杯、多くて3杯にとどめるようにした。
最初はすぐに我慢できなくなるかなと思っていたのだが、案外これが続いている。
やっぱり、飲まないと体調がちがうのだ。眠りの質が良くなるのか、次の日の体調がすこぶる良い。体調が良いと気分も良いので、総じて最近は元気に過ごせている。
「たしなむ」程度に飲む、ということが、ようやくできるようになってきた気がする。
§
お酒を減らした代わりに何を飲んでいるのかというと、お茶だ。
とはいえ、夜にカフェインをとると眠れなくなってしまうので、ノンカフェインか低カフェインのものを選んでいる。ハーブティーとか、ほうじ茶とか、柿の葉茶とか桑茶とか。
もともとうちには、そういった類のお茶がたくさんあった。ありがたいことに友人や知人からいただく機会が多かったのだが、昼はコーヒーか紅茶、夜はお酒を飲むのが常だった私なので、消費する機会があまりなかったのだ。
お酒を控えようと思い立った日、以前友人からもらったほうじ茶を開けて、お湯を注いで飲んでみた。夕飯時、いつもならプシュッと缶を開けて冷たいビールを飲む時間だが、熱々のお茶をマグカップに入れて口をつける。
「わ、おいしい」
思わず声が出た。私はお茶に詳しくないけれど、きっと友人は上質なほうじ茶をくれたのだろう。そうわかるほど、とても香りが良くて、味わい深かった。香ばしさの後にほんのり残る甘い味が、なんともいえない。当然のことながら、ご飯にもよく合う。子供たちにも振る舞うと、「おいしい」と言って喜んで飲んだ。
暑い日だったけれど、クーラーで冷えたお腹に熱いお茶が染み渡るのがとても心地よい。また、いくら飲んでも体にダメージがないという安心感もある。
ほうっと一息ついた途端、自分がリラックスしているのがわかった。ずっとお酒に求めていた効能がお茶でも得られるだなんて、驚きだった。香り、温度、味わいで、こんなにも安らげるものなのか。
そこで気がついたのだけど、私はこれまで飲み物に効能ばかり求めすぎていたのかもしれない、と思った。昼間はカフェイン、夜はアルコール。味はもちろん好きだけれど、それよりも「シャッキリしたい」とか「リラックスしたい」とか、そういう効果の方ばかり重視していた気がする。
だけどお茶を飲んでみた時、じっくりと五感で味わうということが大切なんだな、と改めて思った。「いい香り」とか「いい色」とか「いい味」とか。あえて覚醒させたり弛緩させたりするのではなく、五感をしっかり使って感じること。それが、自分の体を労ることにつながるのだと知った。
「お茶、おもしろいな」
それから、すっかりお茶にハマっている。
§
お酒をやめてお茶を飲み始めてから、夜の時間が長くなったように思う。
ベッドに入る時間は変わらないのだけど、それまでの過ごし方が変わった。ご飯を食べ終わっても急に眠たくなったりしないので、子供と映画を観たり、本を読んだりする時間が増えた。そういった趣味の時間には、よくハーブティーを飲んでいる。種類により香りや味が違うので、その日の気分で選ぶのが楽しい。
何より、自分がフラットなのだという感覚が気持ちいい。自然とリラックスして、自然と眠くなっていく。自分が本来持っているリズムを感じられると、自分の体が愛おしくなってくる。
もちろん、今でも時々お酒は飲むし大好きだ。コーヒーや紅茶も、毎日欠かせない。
でも、アルコールもカフェインも入っていないお茶の楽しさも知ることで、素の自分に戻る時間を手に入れることができた。その時間は確実に、私の生活を分厚く豊かにしてくれている。
さて、今晩は何を飲もうかな?
そう考えるのが楽しみな、今日このごろだ。
“ 熱々のお茶に鎧が溶けていく現れ出たのは素顔の私 ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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