【新連載|力を抜きたい日の食卓へ】第一回:自分のために、あるいは大切な人達のために
麻生 要一郎
初めまして、麻生要一郎と申します。
家業の建設会社に従事していた二十代、その後はカフェの経営や離島での宿の運営を経て、現在の肩書きは「料理家」です。
友人の編集者に頼まれ、屋号もないまま始まり広がってしまったお弁当のケータリング、雑誌やメディアの取材やレシピ提供、エッセイの執筆、表参道でコーヒーと本のお店をパートナーと営み、入院している高齢の養親の介護やケア、そして所有するマンションの管理業務、全ての申告業務を担う小さな会社の社長、それと我が家の中心チョビ(猫)のお世話。
日々の暮らしもあるので、掃除、洗濯、料理と休まる事はありません。晩御飯を食べに来る友人達も多いので、常に時間に追われています。のんびり暮らしたいという願いは、いつも心の片隅に儚くありますが、ついつい色々な事をやってしまうのは、性分だと諦めています。
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▲1日のおおよその時間割
日々の食卓は家庭の中心、いつ日常が失われるか分からないと思う事の多い現代だからこそ、大切にしたい。朝食はもう長年、パンとコーヒーと果物という簡単なもの、昼食は誰かと予定があれば食べるけれど、家に一人でいたら何かをちょっと摘むくらい、殆ど食べない。
しかし一日の終わりの晩御飯は、贅沢じゃなくて良いから、自らをいたわり、ゆっくり楽しみたい。飲食店や宿で料理を毎日提供して来た自分にとって「料理家」と名乗るのには、いささかの遠慮がある。お客様が来ようと来まいと、毎日支度をして待っていた日々。時折のお弁当、誌面の為に料理をどんなに上手に作ったところで、日々の食卓が疎かになっていては、料理家と名乗る資格がないと僕は思っている。
日々の食卓の様子を、備忘録も兼ねてInstagramにアップするようになったのはその為。最初はただの自己満足でしかなかったけれど、近頃では晩御飯の写真を撮り忘れると、昨日は晩御飯どうしたんですか?と、お会いした事のない方からも心配して頂いている。
コロナ禍、飲食店が早く閉まる時期、撮影でくたくたになって力尽きた日、サラダは作ったけれど、洗い物を増やしたくなかったので、宅配ピザを箱のまま放り投げたような食卓の写真に、共感するコメントやDMが多く寄せられた。その後、会った友人からも「あの投稿を見て安心したよ」と言われた。
頑張りすぎも良くないな。そもそも誰に遠慮する必要もない、我が家の食卓だもの。
それ以来、肩の力も抜けて、自分のペースでやればいいと思えるようになった。手をかける事だけじゃなく、手を抜く事にも積極的になり、いざという時に、油の中に泳がせたら完成する便利な冷凍食品も、心の支えとして常備している。僕だって頑張って作ったのに、今日の料理は何だか疲れた味がしているなあとか、ぼやっとして火を入れすぎて美味しくないなとか、色々ある。それはそれとしても、無理せず続ける事は大切で、宅配ピザでも、カップラーメンでも、スーパーで買ってきたお惣菜でも、食卓への並べ方や向き合い方で、だいぶ違うのではないかなあ。つい忘れがちだけど、大切なのは食卓を囲んだり、向き合う時間なのだといつも思う。
毎日、何をどう食べるかと言うのは、それぞれの基準で選べば良い。どんなに疲れていても、辛い事があっても、その食卓に座って何かを食べたら、明日はきっと大丈夫。
そんなおまじないのような食卓を自分の為に、或いは大切な人達の為に用意していたい。日々使う台所も同じ事。お気に入りのコップや、好きな匙、草花を摘んで生ける小さな花瓶、好きなオリーブオイルや蜂蜜、手に馴染んだ鍋やおたま、キッチンツールを入れるのに便利な使い古した海苔の缶。宿の食卓も、今の我が家の食卓も、皆が落ち着くというのは、そういう事の積み重ねなのかなと思う。
まるで動物が巣を作るような感覚で、100エーカーの森にあるくまのプーさんの家みたいに。僕はそうやって食卓や台所を大切にして、色々な事を乗り越えて来た。
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すっかり自己紹介が長くなりましたが、この連載では、日々無理なく手早く簡単に作れるレシピを我が家の食卓を実験台にしてご紹介していきたいと思っています。
夏には冷たい素麺が美味しいけれど、暑い夏を潜り抜けた身体は案外冷えているもの。台所の片隅に残っていそうな、まだ手付かずの素麺を使ってささっとどうぞ。
きゅうりの煮麺(1人前)
・きゅうり 1本
・鶏挽肉(もも肉) 100グラム
・干しエビ 大さじ1
・鶏挽肉を茹でたスープ 300cc
・素麺 1.5輪
・ねぎ 3cm分
・小松菜 1株
・生姜 千切りにしたもの 小さじ1
・ごま油 小さじ1
・塩 胡椒 適宜
作り方
1 鶏ひき肉と干しエビと生姜を茹でて、スープを作る。
2 きゅうりをピーラーでスライスして、軽く塩揉み(分量外)して、水気を優しく絞る。
3 ねぎは小口切りにして、塩とごま油で和える。
4 1のスープに、素麺と小松菜を加えて、塩と黒胡椒で味を整える。
5 器に、4を入れて、2と3を盛り付けて完成。
よく冷やしたきゅうりをポリっと頂くのも美味しいけれど、あたたかいものと食べるのも乙な味。食べ頃を過ぎたものを我が家では炒め物にも入れたりしています。
この煮麺は、お鍋一つで出来てとても簡単です。甲殻類アレルギーの方は、海老はなくても大丈夫。好みで具材を増やしても良いし、パクチーを散らしても美味しいと思います。
煮麺を作りながら、簡単に出来る大根餅。中華屋さんで食べるものよりも、軽い仕上がりで、何個でも食べられそうな優しい味わいです。
大根餅(1人前)
・大根おろし 180g(軽く水気を切った状態)
・干しエビ 大さじ1
・鶏挽肉 大さじ1(煮麺の1の工程から)
・鶏スープ 大さじ1(煮麺の1の工程から)
・片栗粉 大さじ1.5
・ごま油 大さじ1
酢醤油 お好みで
作り方
1 大根をおろして、軽く絞る。(ぎゅうっとは絞らず、軽く水分を残すように)
2 ボウルに1と、干しエビ、鶏挽肉、鶏スープ、片栗粉を入れてよく混ぜます。(煮麺と一緒に作らない場合には、市販のがらスープを同量、挽肉ではなくベーコンなどを入れても良い)
3 フライパンにごま油を熱し、2を食べやすい大きさにスプーンで形を整えて、両面を色よく焼きます。
4 お好みで酢醤油につけて頂く。
我が家では揚げ物に大根おろしを添えるのですが、余った大根おろしを活用したのがきっかけで出来たレシピです。
煮麺に合わせてレシピを組み立てていますが、深く考え過ぎず、冷蔵庫にあるちょっと合いそうなものを細かく刻んでお試し下さい。酢とコショー、黒酢、なんかも美味しいです。辛いものが好きな方はラー油も一緒に。
家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについてのエッセイなどの執筆を経て、初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を発行。2022年1月には第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も。
Instagram:@yoichiro_aso
フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。雑誌、単行本で主に暮らしまわりを撮影。 好きな被写体は人物と料理。著書に、17組の人とその人の作った料理を撮り、文章を綴った『人と料理』(アノニマスタジオ刊)がある。他に『まよいながら、ゆれながら』(文・中川ちえ)など。
Instagram:@wakanababa
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