【金曜エッセイ】なにもかもがうまくいかないときの禁句って?
文筆家 大平一枝
ときおり「なにをやってもうまくいかない」と嘆く人がいる。あるいは「最近いいことがなくてさ」、「なんだか失敗続きなんだよねえ」などなど。
私もアンラッキーが重なると、つい口をついて出てしまいそうになるのでぐっと堪えることにしている。言霊というように、ひとたび言葉にしてしまうと本当にそうなってしまいそうで怖いからだ。
だからか、なんの気なしに「なにをやってもうまくいかないんだよね」と言う人の言葉を聞くと、胸の奥がキューッと痛む。それを言っちゃおしまいよと忠告したいのだが、偉そうな気がしてくじけてしまう。
そして心のなかでだけ、大きな声で問いかけるのだ。──ねえ、本当にいいことひとつもなかった? すごくささやかな、人から見たらどうでもいいような、それでも自分にとってはハッピーなことってひとつくらいあるんじゃない?
ネガティブな言霊のことでもやもやするときは、ある女性芸人のインタビュー記事をよく思い出す。デビュー後10年近くしてからブレイクした遅咲きで、ハスキーボイスで知られる彼女は誌面でこう語っていた。
「割に裕福な家に育ったのですが女子大在学中に父が負債を抱えて離婚。大学後半はバイトをしてなんとか卒業。その後も職を転々としていたので人からしたら不幸に見えるかもしれませんが、私自身はけっこう運がいいいって思ってるんですよね」
やっと社員として就職されて頑張っていたら倒産したというお話も聞いていますが。インタビュアーがたたみかける。すると彼女は。
「ほら、よくテレビで水道やトイレの水漏れを修理するCMを毎日やっているでしょう? CMで流すくらいだから、本当に水のトラブルで困っていらっしゃる人が多いんだと思うんです。でも私、生まれてこの方一度もそういう目に遭ったことがない。なんてラッキーな人生なんだろうって、あのCMを見るたび自分の運の良さをありがたく思います」
私も今のところ一度も遭遇したことがない。だからといって彼女のように、感謝や自己肯定感を持ったことはない。そんなふうにポジティブを自己流にカウントできる人なら、この世界は自分が思っているものよりもっと輝きが増しそうだ。
彼女とて、きっとしんどいこともたくさんあったに違いないが、ささやかなハッピーを数えるのが上手な人だからこそ、後ろ向きにならずに来れたのだろう。遅咲きだろうがなんだろうが、人気者になったのだからあっぱれだ。
幸せは自分の見かた、捉えかた次第で増えも減りもする。言葉に宿る力をあなどらず、独り言だとしても、ハッピーでいこう。
そうそう、私は自分の仕事場に一つだけ譲れない条件がある。それは机の前に窓があること。コワーキングスペースでも、ちょっと立ち寄って仕事をするカフェでもファミレスでも、必ず窓があるかをチェックする。
パソコンの前が無機質な壁ではなく、空や建物や木々があるだけで、どんなに小さな窓だろうと天気の悪い日だろうと気分良く書ける。窓のおかげで今日もラッキーと、毎回気持ちが上がる。
こうなってくると半ば独りよがりの思い込みとも言えそうだが、なんであれ日々のラッキーは多いに越したことはない。負の感情をふくらませる否定より、感謝を。今日も私は窓の前でこの原稿を書け、我が家は水漏れもつまりもないので幸運だ。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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