【大人の、友だち】第3回:宝物だと思える一冊に、きっと出合える場所がある

ライター渡辺尚子

最近、絵本を手にとるようになりました。あわただしい日が続いていたからでしょうか、やわらかいものに包まれたくなったのです。子どものために書かれた読み物は、たっぷりとしていてあたたかくて、ほっとします。

これまで、「東京子ども図書館」の内田直子さんに、大人になっても折々に寄り添ってくれた本について、お話を伺ってきました。3回目の今日は、一生ものの本に出合える場所について。

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子どもにとって「いい本」って、どんな本?

内田さんが子どもの頃、お母様が本屋さんで選んでくれた一冊があります。

ロシア民話の『マーシャとくま』。

絵、E・ラチョフ。文、M・ブラートフ。訳は、内田莉莎子さん。1963年発行、いまもたくさんの子どもたちに愛されている、福音館書店の絵本です。

内田さん:
「母は、子どもには良い絵本をあげないと、と感じてくれていたようです。まずきれいな絵であること。そして、しっかりした筋があって、なにかがおきて、ちゃんと終わる、そういう物語があること。この本も、すごく考えて選んでくれたんです」

お話の舞台は、深い深い森のなか。マーシャは、きのこといちごをとりにいって迷子になってしまいます。大きなおうちに入っていくと、そこにはこわいくまが住んでいました。けれどもかしこいマーシャは知恵を働かせて、くまのもとから逃げ出すのです。

内田さん:
「なんといっても大好きな本! かしこくて勇敢なマーシャに、まず惹かれていました。それに、絵も、ロシアらしい衣装や文化が感じられて。つづらを背負っている時のくまがね、素敵なスカーフをしているんですよ」

 

本がくれた、とびきりわくわくする体験

この本にはひとつ、長年解けない謎がありました。

内田さん:
「「森へきのこやいちごをとりに行くことにしました」とあるんです。でも、きのこは秋、いちごは春でしょう」

たしかに、きのこといちごはそれぞれ季節が違います。どうしてこんな書き方をしているのかしら。

その謎は、40年後に解けました。

内田さん:
「10年ほど前にフィンランドへ行った時、地元の人が『きのことベリーをつみにいきましょう』って誘ってくれて。その人についていったら、きのことベリー類が本当に一緒に実っていたんです。昔はなじみがないので、ベリーを「いちご」と訳したのですね。しかも、きのこ、ブルーベリー、こけもも…と下を向いて探していたら、マーシャみたいに、いつの間にか森の奥に入っていて。

本を読んでいてもわからないことって、頭の中にずっとしまってあるでしょ。それがいつかわかるときがある。それって、楽しいことですよね」

『マーシャとくま』に出会っていなくても、フィンランドの森はきっと、素敵だったにちがいありません。

けれど、この本に出会っていたから、内田さんは、マーシャになって歩くことができた。きのこといちごをつみながら歩くその森が、とびきりわくわくする瞬間になった…。

人生に寄り添う一冊があるって、なんて豊かなこと! そんな本を与えてもらった内田さんは、幸せだな。

そうしたら、「ふふ。そんな本に出合うために、うちの図書館があるんです」と内田さんが笑いました。

 

20〜80代の本好きが選書した、とびきり楽しい図書館

「東京子ども図書館」は、創立48周年。本棚に並ぶ本はどの本もとびきり面白くて、決してがっかりすることがありません。なぜかといえば、選書にじっくりと手がかけられているから。

一生のうちに読める本は、かぎられています。「だからこそ、良い本に出合ってほしい」というのが、この図書館の方針。20代から80代までの本好きが集まって、あらゆる角度から検証して厳選した本だけが、ここの本棚に並びます。

内田さん:
「この図書館の理事長をしていた松岡享子さんが常々言っていたことですが、子どもが一番最初に手に取る本って、自分の意思ではないでしょう。大人が手渡さないと、本に出合わないんですよね。その大人は、お父さんやお母さんでなくてもよくて、周りの大人が気をくばってあげればいい。

この図書館は、そういうときの手助けになってほしいと思っているんです」

この図書館を訪れる子どもたちは、ひとりで物語に没頭することもできます。また、カウンターで「これ、読んでください」というと、スタッフが隣に座って、自分のためだけに読んでくれます。

「おはなしのじかん」といって、ろうそくに火をともして、絵本を読んだり、お話を語って聞かせてくれる時間もあります。

 

ブックリストの道案内で、本の森へわけいる

嬉しいことに、この図書館は子どもだけのものではありません。子どもに本を読んであげたい人や、児童文学に関心のある学生など、本に心をよせる大人にも、扉をひらいてくれています。

本を選ぶ時に悩んだら、「東京子ども図書館」の発行するブックリストが助けてくれます。ブックリストのタイトルは、「絵本の庭へ」「物語の森へ」「知識の海へ」の全3巻で、絵本、フィクション、ノンフィクションの3ジャンル。いずれも、東京子ども図書館が半世紀以上にわたって子どもたちと楽しんできたなかから、おすすめの本がずらり。それぞれの本の表紙と紹介文が並んでいます。

楽しいのが、件名索引ページ。大人も子どももわくわくするようなキーワードで、読みたい本を探すことができるのです。たとえば登場人物の職業や、お話に出てくる遊びの種類。「おひめさま」や「くいしんぼう」、「宝探し」といったキーワードからも、おめあての本を探すことができます。

なんて楽しい読書案内リスト! わたしも1冊ずつ買い求めました。

「本って、たくさんあればいいというものではないと思うんですね。本が沢山ありすぎても気持ちが落ち着かないのだけれど、ここにいると、居心地がいい。なぜなら、選ばれた本が並んでいるから」と内田さん。

わたしの友だちが、ここにも、ここにも、ここにも、いる! 本棚のなかで、穏やかに待っていてくれる。必要になったらいつでも、物語の世界で助けてくれる。

子どもはもちろんのこと、大人のわたしたちにとっても嬉しい、人生の相棒。そんな「友だち」が呼んでいるような気がして、本棚に手をのばしました。

 

【写真】井手勇貴

 

もくじ

 

内田直子(うちだ・なおこ)

東京生まれ。結婚し、幼稚園に勤務しながら3人の子を育てる。2005年より「東京子ども図書館」職員。前理事長・松岡享子さんの秘書や、経理を担当。折々に、子どもたちとの手仕事のイベントにも携わっている。

東京子ども図書館 https://www.tcl.or.jp/


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