【自分のための家づくり】01:子育てを卒業、鎌倉で始めた一人暮らし。手仕事作家&ライアー奏者の山下りかさんを訪ねました
ライター 嶌陽子
年を重ねて子育ても終わり、自分だけの暮らしや住まいを持つことになったら……。どんな場所に住みたいか、インテリアはどうしたいか、ときおり想像をふくらませることがあります。
今回訪ねたのはそんな家。ライアー奏者・手仕事作家、山下りかさんが 2年前から暮らす家です。
50代後半にして得た、一人暮らしの住まい。どんなふうに作り上げていったのか、引っ越してからの暮らしや気持ちに変化はあったのか、じっくりお話を伺いました。
全4回にわたってキッチンやダイニング、リビングなどのインテリアと共にお届けします。
「ボロボロだけれど、面白そう」だった、築50年以上の家
鎌倉の静かな住宅街を歩くと現れる、108段の石の階段。それを上りきった先に、その家はありました。
庭を中心にして立つ4軒の家。そのうちの小さな一軒が、山下さんの住まいです。築50年ほどの家を、友人たちの手を借りながら自分で改装したといいます。
山下さんは20代の頃に雑誌『オリーブ』のスタイリストとして活躍したのちに渡米。現在は手仕事作家、そしてライアーという竪琴の奏者として活動しています。2人の子どもが独立したのをきっかけに、2年前にここに一人で移り住みました。
玄関から中に入ってまず目に入るのは、レンガが敷かれたダイニングとキッチン。古いダイニングテーブルや椅子、たっぷりとしたカーテンなどとしっくり馴染んで、どこか異国の空間のような雰囲気を醸し出しています。
2年前まで都内で娘と暮らしていた山下さん。ある日、たまたま友人から今の住まいを紹介されました。
▲去年の冬、玄関の脇に薪ストーブを設置した。「寒い冬だったので助かりました」
山下さん:
「息子はアメリカに留学し、娘も社会人。子どもたちが自立していく中、私はこの先どこでどうやって暮らそうかと考えていた時期でした。
最初にこの家を見た時は本当にボロボロ。雨漏りしていて、床も一部抜けていました。でも面白そうな物件だなとは思ったんですよね。子どもの頃から手を動かして何かを作るのが大好きだったんですが、家の改装はしたことがなくて。
雑誌の仕事をしていた頃も『部屋のこのコーナーを手作りしてみましょう』みたいな提案はしていたものの、実際に自分でしたことはなかったんです。壁を塗ったり、床を張り替えたり、自分の手を加えて空間づくりをしてみたいという気持ちはずっと持っていました」
揺らぐ気持ちの中で二人の子どもたちに相談したところ、返ってきたのは大反対の声。
山下さん:
「家の写真を見せたら『こんなボロボロな家はやめたほうがいいよ』『こんなところに住んでほしくない』と言われて。
子どもたちにここまで言われてやる必要はないのかも、と思って一度はお断りしたんです」
一度は諦めたけれど。背中を後押ししてくれた言葉
いったんはやめようと思った引越し。でも一度ともった心の火は、完全には消えていませんでした。
山下さん:
「ちょうどその頃、青山の岡本太郎記念館内にあるパンケーキ屋さんで友達と待ち合わせをしていて。
友達が30分ほど遅れると聞いたので、岡本太郎さんの作品を一通り見た後、ミュージアムショップで彼の著書をぱらぱらめくっていたんです。
その中に『迷ったら、危険な道に賭けるんだ』という言葉があって、それを見つけた時にこれだ!って思いました」
山下さん:
「子どもたちの意見に合わせて諦めていたけれど、本心ではやりたいと思っていた。その気持ちを岡本太郎さんの言葉がまっすぐ後押ししれてくれた気がしました。
ここで諦めてしまったらきっと後悔すると思って、娘と息子には『やりたいからやります』と宣言。2人は『じゃあ見せてもらおうじゃないの』という感じでした(笑)。そんなことを言われたらもうやるしかないですよね」
こうして山下さんの家づくりが始まったのです。
108段の階段で登って運び上げた、630個のレンガ
かなり傷んでいた家の床や天井、壁を撤去。基礎的な部分は大工さんに補強を依頼したものの、それ以外はすべて、山下さんが友人たちの手を借りて直していきました。
印象的なレンガの床も、自分たちで敷き詰めたものです。
山下さん:
「祖父母の家に土間があって、すごくいいなと子ども心にも思っていました。
この家の床を外したら土間が出てきたので、せっかくだから生かそうと思って。でもダイニングテーブルなどを置くので衛生的にも何か敷いた方がいいということで、近所のホームセンターで古い耐火レンガを買ったんです」
▲でこぼこだった床を平らにならしてから、セメントを粉のまま撒き、そこにレンガを並べ、目地を入れてから水を撒いた
山下さん:
「108段の階段の下までは車で配送してくれるんですが、その先は自力で運ばなければいけませんでした。1つ3.5kgのレンガを合計630個、1回に発送してくれるのは100個までだったから、7日間に分けて配送してくれました。それに25kgのセメントの袋。
それを手伝ってくれる友人たちと一緒に階段で必死に運びましたね。『エジプト時代の人たちってこんな感じだったのかな?』なんて言いながら(笑)」
今では笑い話にもしているけれど、本当に大変だったんですと振り返る山下さん。その後も壁を塗ったり、廃材を使ってドアをリメイクしたり、庭から直接出入りできる場所にドアをつけたりと、こつこつと手を加えて家を整えていきました。
▲トイレのドアも余っていた木材を貼り付けてリメイク。ドアノブも自分でつけた
山下さん:
「住めるようになった家を見て、反対していた子どもたちも『参りました。好きなことをとことんやる人でしたね』って言ってくれました。
大変なこともあったけれど、本当にいい経験になったと思います」
完璧でなくていい、「みんなで作っていく」家に
寝室がある2階の床や窓の改装、傷んできている外壁の修繕など、まだまだ手を入れるべきところはたくさんあると話す山下さん。でも、どれも一人でこなしていくわけではありません。
山下さん:
「改装を始めた時から、いろんな人が手伝いにきてくれるんです。 “ペンキ部” って自ら名乗ってくれる友人たちもいて、『次のペンキ部の出動はいつですか』って聞かれたり。
誰もが専門技術を持っているわけではなく、みんなが素人。だから完璧に仕上がっているわけでは決してないんです。でも美しく仕上げるよりも、皆で楽しく作っていくのがこの家の良さなのかなあと思っています」
▲天井近くに飾った「マンハッタンの摩天楼のようなもの」は、レンガを敷く際、床を平らにならすために使った木の杭
山下さん:
「ピカピカの素敵な家への憧れというのは、もちろんありますよね。でも、こんなにボロボロでも友人たちが一生懸命作業してくれて、みんなで手をかけて整えて。その思いがそこかしこに息づいている家もすごくいい。実際に体験してみて、今はそう感じています。
家のあちこちを見るたびに『あそこはあの人がやってくれたんだな』って思える。みんなの気持ちが何よりありがたくて、それがこの住まいに移り住んで得た宝物です」
山下さんをはじめ、たくさんの人の思いが詰まった家。続く第2話では、これも一から作ったというキッチンを見せてもらいます。
(つづく)
【写真】上原朋也
もくじ
山下りか
ライアー奏者、手仕事作家。雑誌『オリーブ』でスタイリストとして活躍したのち、渡米。出産後、子育てを通じてシュタイナー教育に出合う。 1998年に帰国後、現在は手仕事や竪琴の一種「ライアー」の講座、演奏活動などを行なっている。著書に『季節の手づくり 夏と秋』、『季節の手づくり 冬と春』(ともに精巧堂出版)がある。CD「septime stimmung」も販売中。https://rikayamashita.com/
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