【連載|日々は言葉にできないことばかり】:それがないと自分が育たない、と思う時間

文筆家 大平一枝

 そこにいると深海にいるように気持ちが鎮まる。漆黒色の本棚をぬっていると、自分が活字の海を泳ぐ魚のように思えてくる。ゆらゆらすいすい。好きなところにたゆたい、好きな水草の中で動きを止めたり、また泳ぎだしたり。
 そうしていくうちに、どんどん心が本に向かって開いていく。

 そんな客を毎日見ている辻山良雄さんの書店Titleを訪ねた。 ── 読書に、自分の中の言葉にならないことに目を向けることの意味や価値があるとしたら、教えてもらいたくて。

 


日々は言葉にできないことばかり

第六回 辻山良雄(つじやまよしお)さん

Title店主。書店リブロ勤務を経て、2016年1月、東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店Titleをオープン。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手がける。著書に『本屋、はじめました 増補版』(ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)など。毎月第三日曜日、NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」にて本の紹介を行っている。

title-books.com


 

自分を耕すもの

── この対談は正解も結論もなくていいのですが、辻山さんはふだん、日常の隙間にこぼれ落ちた感情、言葉にならない感情の尊さを意識するようなことはありますか。

辻山 Titleを始めてから書く仕事もいただくようになり、ずっと考えているわけではないけれど、なんとなく胸のこのあたりにいつもあるかもしれません。大平さんは書いていて、いかがですか。

── 小さなことを書き留めるだけで、意外に今日はいい一日だったじゃんとか、流れていくなんでもない日々の尊さに気づけるというか。おそらく誰もが、日々は言葉にできないことの連続なんだろうけれども、なにかに書き留めてアウトプットするという作業をすると、毎日の濃さはちょっと変わるんじゃないかと思います。

辻山 そうですね。感情は単色じゃなくて、いろんな寂しさや嬉しさも混じっている。取り出して言葉を与えることで、その複雑さを味わい、価値がだんだんわかってくるところがあります。

── 読むこと。本から、そのような感情の尊さを感じることはありますか?

辻山 ふだんずっと店で、本と相対するようなことをしていても、じつは本にそんなに答えがあるわけじゃないなと思うんです。ただ、読むことで自分が耕されることは誰しもにあると思います。

 本が自分を耕す。シンプルでいい言葉だなと思った。ここから私達は読書談義になり、思わぬ方向に楽しい寄り道をすることになる。

 

スマホを置き忘れて帰った日

辻山 ショーペンハウアーは著書の『読書について』で、“読書は他人の頭で考えるものだから、あまりそれに縛られることはよくない”と、繰り返し自分の頭で考える事の大切さを説いているんですよ。

── ちょっと意外な指南ですね。

辻山 ね。本に乗っ取られることなく確かな自分を育てようという意味でしょうが、やはり、それでも、本を読んで誰かの考えや体験に触れて感じることが、その人の考え方を育てることになる。なにか新しいものに出会ったときに見る解像度が、ちょっと濃くなると思うんです。

── 辻山さんは、いつ本をお読みになるんですか。私はいつもスマホに時間を絡め取られがちなので、昨日の日曜はスマホをわざと家において、本だけ持って喫茶店に行きました。

辻山 わかります。僕はいつも寝る前に読むんですが、一昨日スマホを店に忘れてきたのです。すると、家ですごい本が読めた(笑)。

── 以前、通勤を読書にあてたいという理由で、三浦半島から片道2時間かけて銀座に通っているという人に取材しました。始発から座って、往復4時間。半年で全集を読み終えたと。読書のためにそういうライフスタイルを選ぶ人がいるんだという衝撃と、絶対真似はできませんが、強い憧れを感じました。

辻山 本を読むという目的で設(しつら)えられた喫茶店もありますものね。本となかなか向き合えないような世の中でもあるので、そういう場所が作られるんでしょうね。

── ところがスマホを置いて本だけ持って街に出ると、いろいろ困るんですよ。サブスクでもらう花や、ドラッグストアのクーポン。全部スマホがないと受け取れない。だからきのうは、そういう用事を全部済ませて、わざわざ家にスマホを置きに帰りました。読書に集中するのもひとつの行事みたいで、私、いつから本と向き合うのが、こんなに難しくなっちゃったんだろうって……。

辻山 ホント、いろんなものに接続されてるんですよね勝手に。スマートフォンはその最たるもの。たとえばポイントとか、使っていたアプリやソフトが知らない間に変わっているとか。自分が主体になれない。

── たしかに。機械に自分が合わせてる。

辻山 たとえばポイントが使えるからこの店に行こうって、それは自分の考えじゃないですよね。主体的でいるつもりでも、勝手に気持ちが持っていかれたり、何かしらに引っ張られたりということが多い。本のいいところは、自分が主体になれることなんです。

── 自分から開かないと、何も進まない。

辻山 そう。その場、その時間は、本と自分だけでいられます。

 辻山さんの話を聞きながら、ああだから私はコロナ禍に長田弘さんの詩集に心を掴まれたのだとわかった。
 仕事が急に止まり、手持ち無沙汰になったが、コロナの情報ばかりが流れるものはもう見たくない。そんなとき、たまたま人に教えられた長田弘さんの詩集に心が大きく揺れ、次から次へと。
 テレビやスマホの鳴らない家で、詩と自分だけになれる、行間まで堪能するような不思議な時間で、以来コロナ禍の3年間、小さく救われ続けた。

「コロナのざわめきのなかで、ひとりになりたいとか、自分に戻りたいという感覚がその時の大平さんの状況に必要だったのでしょうね。長田さんが繰り返しおっしゃっている“私の好きな孤独”のように、結局そういう時間が自分を育てていくのかもしれません」

 本は、状況に応じて、欠けた自分の心を繕いも、励ましもする。聞いていると、じわじわと実感が増す。 ── 読書って最高じゃないか!
 

 

積ん読はすごくいいこと

辻山 大平さんもご著書で「待つこと」について書かれていましたけれど、哲学者の鷲田清一さんの『「待つ」ということ』という本は、別に結論もないし、エッセイなのか思想なのか、ジャンル分けしがたい。人を待つ、電話を待つ。いろんな「待つ」という行為を題材にしているんですが、わりと腑に落ちました。どこか文学的でもありますし。読んでいる間(ま)も、気持ちいいんですよ。

── 難しくないですか?

辻山 そんな難しくないです。本は、これを知りたいから読むとか、今日読んで明日役に立つというものもありますけれども、私は何かそれとは違う、「生きる」ところに誘っていく。そういうものに惹かれますね。

── すぐには役立たないけれど、再読のたびに発見のある本が私も好きです。池田晶子さんが亡くなる直前まで書かれた『暮らしの哲学』がそうで。新緑の季節を「五月、世界は青年だ」と。昔読んだときはピンとこなかったのに、今は、心に沁みて沁みて。新緑は人生の青春なんだと、五月が来るたび思い出します。これ、年齢のせいでしょうかね。

辻山 私も新緑は昔からきれいだなと思っていたけれど、そのきれいさのなかに二度と戻ってこないとか、そういう精神性をこめて眺めるようになったのは最近です。

── 私は今58歳ですが、辻山さんは。

辻山 去年の12月で50に。

── 私は40代半ばくらいから、人生は別れの繰り返しなんだなと実感することが重なり、新緑や枯れ葉さえも美しいと思うようになりました。二度と戻らないものがあると知ったから。いまだに歩きながら、生きながら、池田さんの本のメッセージを感じています。

辻山 そうなんですよね。同じ本でも、響く部分はその時によって変わりますし、わかったなってその時思っても、あとから、いやわかってなかったとか。たぶん、本当にわかるって一生ない。でもその時々の気づきを支えに、生きていけると思うんです。

── 私は、古本屋に売った本を何年後かに自分で買ったことがあって。忘れてるの、読んだことを。

辻山 ははは。再び買うくらいだからやっぱりどこか惹かれていた部分もあったけど、売ったときはわからなかったんでしょうね。

── はい。奇跡だなと思いました。

辻山 よく言うんですけど、積ん読ってやっぱりすごくよくて。

── え、そうなんですか。罪悪感を抱いていますが。

辻山 買うとか、置いているというだけで、もう本と自分の距離は近いんですよ。だって買わない本が99%。その中から選び取っているわけですから、買うときに何かを感じているんですね。でも、読む切実さが自分にない。置いとくだけでもなにか発していたりする。いつか手に取るかもしれないし、別に全部読まなくても1行だけすごく響いたっていうのがあれば、それが自分とその本との関わりになります。

── その本と近くなる。

辻山 はい。うちの店の本も全部読んでいるわけじゃないし、私にとって巨大な積ん読です。これ面白そうだなって入れた本を、読みたい気持ちがいつか芽吹くかもしれないし、自分にその時がくれば自然に手にとるようになる。それを待っている状態ともいえます。

 

“辛くて寒々しい季節”の価値

 辻山さんは、自宅で猫を3匹飼っている。朝起きると、コーヒーをドリップしながら「ぼけーっと」する。猫が寄ってくると、なんとなく呼吸を合わせるように手を差し出したり、くぐらせたり。
 特別の意味もない。言葉で説明のできない時間。余白のようなそれが、一日には必要で、自分の中に水が満ちるようにたまっていく。

「そういう時間があるから自分が自分でいられる。その人を成り立たせ、支えているのだと思うのです。誰にも頑張りどころはあるけれど、効率や経済性だけを考えて、一日に意味ばかりを詰め込むと苦しくなります」

 
── そういう余白の時間がないと、辻山さんはどうなるんでしょう。

辻山 ちょっと踏みとどまれないというか、自分の望まないところにいってしまいやすい。それは、自分らしい仕事ではなくなることにもつながります。

 
 そのような暮らしの間(ま)が巧みに映し出されているのは、小津安二郎監督の映画作品だ。20歳の頃から、大好きだったという。兵庫から東京の大学に進んだが、たまたま受かった政経学部の授業が肌に合わず、山登りのサークルと名画座にばかり通っていた。

 
── 当時、孤独感はありましたか。

辻山 孤独と言えば孤独でした。たとえば小津映画の間(ま)やテンポ、空間、目に優しい感じが好きで、いいものだな、自分の好きな世界はここにあるなとはわかる。でもそれを自分の表現として出せない。なにをやっていいのかわからないのです。

── 生きづらさというのは。

辻山 感じていました。就職も、周りは一流企業や給料でどんどん決めているように見えて、違和感があった。銀行に入りたいって言ってる人が、別にお金数えるのが好きそうでもないし……。

── 私自身もそうですし、沢山の人を取材してきて実感するのは、人生でさまよった時間のある人と、ない人では違うなあと。

辻山 なるほど。たとえば今だとSNSをずっとひたすら見続けてる状態っていうのかな。答えがすぐそこにあって、次々出てくる。それって氷山の一角で、塊が見えてないという気がするんです。さまよう時間があったから、表に出てない部分の価値が、まあまあわかるようになる。

── あっちに頭をぶつけ、こっちにぶつけてまた戻るみたいな時間が、何かを耕しているってことありますよね。それこそうまく言葉にできないんだけど。

辻山 その時はやっぱり辛いし、寒々しい季節なんだけけど、それがないとやっぱり育たなかったなと思います。

 

 彼はこのことに、大型書店を辞めて自分の店を開こうと決めてから気づいた。

 21歳のとき、書店で『コルシア書店の仲間たち』(須賀敦子著)を手にとった。本の佇まいや舟越桂さんの彫刻のカバーに惹かれた。読むと、「きれいな文章だな」と心に留まったが、そのまま本棚にしまいこんで以来、就職をへて独立までの18年間、再読することはなかった。

「自分の店を作るとなったとき、ぱっとこの本が目に入ったんです。読み返すと21の頃とは見えてくるものが全然違った。それを、すごく大切に売ってたら、今も売れてるんです、この店だと。売上とか数字の世界だけを見ていると、なかなかわからないことがある。自分は氷山の見えるところで仕事をしていたなあと思いました」

 18年前に読んだ本と自分の距離が、ぐっと近寄る。そんなことがあるのかと興味深く思った。
 客や作家が行き交う中で、自分が育っていく様を描いた『コルシア書店の仲間たち』は、目標そのものというわけではないが、上で光り、進むべき道を照らしてくれる存在であると、辻山さんは語る。

 

何も起きないが、何かが起きている

 この日、私は我が子によく読んだ古いマーガレット・ワイズ・ブラウンの絵本『きこえるきこえるなつのおと』を持参した。彼もこの作家の『おやすみなさいおつきさま』が好きだと聞いたからだ。

 どちらもほとんど何も起こらない。ただ夜が更けていき、ただ蛙や雄鶏や子羊がつぐみが鳴く。辻山さんは彼女の描く世界を「自分が生きている感じに近い」という。

「何も起きないんだけど、でも何かは起きてるんですよね。毎日の繰り返しってどれも似ている。昨日と今日。今日と明日。似てるけど、ちょっと違う。昨日よりもちょっと今日は曇ってるとか。蝉の音が聞こえ始めたとか。いろんな本を読んだり、人生を経験していくなかで、不思議にそれが喜びになっていくんですよね」

 そこまで言うと、彼は頭をかきながらつぶやいた。ああ、今日は頭を使ったな。うまく言葉にできなくて……。大丈夫かな。原稿になります?

 ささやかな移ろいの喜びを知っていること自体が素敵なことなのだと、私は解釈した。いいのだ、この対談には正解がない。
 意味があるのかないのかわからないような日々だとしても、何かが育つ。積んでおくだけの本が、自分の下支えをしてくれる。
 そして、本のように、今わからなくても別のタイミングでわかるときがくる。自分の心も相手の心も。

 書店を出る時、力がすうっと気持ちよく抜け、ああ、ずいぶんちぢこまっていたのだなと気づいた。
 
 

長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『男と女の台所』『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』(毎日新聞出版)。 インスタグラムは@oodaira1027

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

 

撮影:鍵岡龍門

 
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