【手のひらに哲学を】第二話:哲学対話とは? ふだんのコミュニケーションで、私たちができていないこと

編集スタッフ 松田

「水中の哲学者たち」の著者、哲学者の永井玲衣(ながい れい)さん。

永井さんは、哲学はすべてのひとに関係するし、すべてのことにかかわることができて、重要でないと思われているものも、哲学対話では考えることができる、といいます。

あなたのすぐそばに美しい哲学は眠っているんですと、読み手に静かに呼びかけてくれているような永井さんの瑞々しくてのびのびとした言葉が印象的で、永井さんの考える「哲学」、そして「哲学対話」についてもっと知りたいと、お会いしてきました。

全三話でお届けしています。

第一話から読む

 

哲学対話とは、どんな場ですか?

フランスの哲学者サルトルの本を読み、この世界の意味づけはわたし自身がしていいのだという考えに衝撃を受け、大学の哲学科へ進んだ永井さん。大学院を卒業した現在は、小学校や企業などで「哲学対話」という場をひらく活動をされています。

哲学対話とは、いったいどんなことをするのですか?

永井さん:
「哲学対話とは、簡単に言うと、哲学的なテーマについて、参加したひとと一緒に考えて、対話するというものです。普段当たり前だと思っていることを改めて問い直して、じっくりと考えて言葉にしたり、ひとの考えを聴いてびっくりしたり。フランスやアメリカなど世界各地で行われていて、日本でもここ数年でかなり広まってきた営みです。

対話のテーマは “問い” と呼んでいて、はじめるまえに参加者から問いを集めて、ひとつに決めます。たとえば『なんでひとは独り言を言うんだろう?』とか『将来の夢って持たなきゃだめ?』とか、『なんで “いい日記” を書きたいって思っちゃうんだろう?』など、その場によってさまざまです。

参加者は基本的に誰でもOKで、場所も選びません。小学校や美術館、お寺や公民館、会社やカフェなど。知識も特に必要なくて、思ったことを自分の言葉で素直に言えばいい。そうして対話をして、終わりの時間がきたら終わるというものです」

 

ひとと喋るのが苦手だった自分を思い出したんです

永井さん:
「わたしは大学4年のときにはじめて、先輩に誘われて哲学対話に参加しました。その時はたしか『自由とはなにか』というテーマだったと思うのですが、その雰囲気に圧倒されて、最初のうちは全く言葉を発せなかったんです。

でも対話を聴いているうちに、わたしも最後の最後に何か喋りたくなって。それでようやく喋ったら、あまりにめちゃくちゃなことを言っちゃって。びっくりするくらい、みんなに伝わらなかったんですよ。

当時のわたしは、高校生のときとは違って、誰かと話すことを楽しく感じていたんです。でもそれは、大学の先生や仲間などツーカーのひとばかりに囲まれていたからなのだ、と気づきました」

永井さん:
「言葉に詰まる、やっと口から発せても意味不明な言葉ばかり出てきてしまう。もともと人前で話すことが苦手だったということを強烈に思い出したんです。でも不思議と、また来なよと誘ってもらえて。

参加を重ねるうちに、今度は大学の先生が行っていた小学校での哲学対話の活動に少しずつ関わるようになり、ファシリテーターをする今に至っています。

そんな流れで哲学対話をひらくひとになったのですが、いまでも誰かと対話するのは苦手だし、こわいんですけれどね」

 

よくきく、自分の言葉で話す、「結局ひとそれぞれ」で終わらせない

永井さんがひらく哲学対話には、いくつかの約束ごとがあります。

・よくきくこと
・自分の言葉で話すこと
・“結局ひとそれぞれ”にしないこと

この3つをはじめにお願いするそうですが、実はこれ、わたしたちが普段のコミュニケーションで、できていないことなのだといいます。たしかに「ひとそれぞれ」という言葉、わたしももう考えたくないなという時に頼りがちです。

永井さん:
「そうなんです。もちろん、“ひとそれぞれ”というのは何事も確かにその通りではあるのですが、それだと対話が終わってしまって、お互いの考えが深まらないままになってしまいます。

どうしてこの3つの約束をお願いしているかというと、普段の生活のなかで、安心して、自分の言葉で話したり、人の話をじっくり聴いたりできる、そんな対話の場が少なすぎると感じたからなんです。

わたしたちは、ひとの話をじっくり聞かず、沈黙をおそれてしゃべりすぎてしまうし、自分の言葉ではなく偉い人の言葉を使ってしまうこともあれば、最後には “結局ひとそれぞれじゃん” と言って、コミュニケーションを終わらせてしまう。それをひっくり返して、じっくり考えて話してみようよ、というのが哲学対話の場です。

加えて心構えとして、途中でわからなくなっても大丈夫だし、意見が変わってもいいし、無理にいいことを言わなくてもいい、ということも伝えます。この約束ごとはすべて、安心しておそれず話してほしいという願いから生まれました」

 

聴くことは、待つこと

ルールのひとつ、「よくきく」というのも印象的でした。

永井さん:
「“きく”ことって、本当に難しいことだと思います。はじめての哲学対話でまったく話せなかったと言いましたが、同時にまったく人の話を聞けなかったんです。いや、聞くことには集中していたので、じーっと音は耳に入るのですが、その人が伝えたいことや意味を咀嚼できなかった、という感じでしょうか……。

わたし自身の経験からも思うことですが、ひとというのは、自分の伝えたいことをすぐに言葉にできるわけじゃない。心のなかで『自分が伝えたいことと何かがずれてる、ずれてる』と思いながら、言いよどんだり、止まったりして、なんとか言葉を探して紡いでいる。

だから、“きく”というのは、とにかくそれをじっと待つことだと思うんです。あなたの言ったこと、まずはそのまま受け止めますよ、でも、もしかしたらもっと伝えたいことがあるのでは?と、じっくり待って、受け止める。そうするうちに、だんだんと本人も伝えたかった言葉がみつかっていく。

哲学対話を通して、お互いにそんな体験ができたらいいなぁと」

 

わかりあうのがゴールじゃない

著書の中で、永井さんはこれまでの哲学対話でのエピソードに添えて、こんなふうに綴っています。

完全に通じ合わなくてもいい。わかりあうことはゴールではない。わかりあうのではない、わかりあおうとしあうこと。互いに空を飛ぶことを夢見ること、それだけでいい。

「水中の哲学者たち」 p.31

これまでわたしは、誰かとひとつのテーマについて話すときは、明確な目的やゴールが必要なのだと思い込んでいました。哲学対話では、わかりあうのがゴールではなく、わかりあおうとする姿勢が大切なのだというお話に、なんだかほっと気が抜けるような、と同時にその対話は実際はどんなふうに感じられるのだろうと不思議で、正直こわいような感じもします。

永井さん:
「そうですね。哲学対話が終わったあとに、『哲学対話はどうやったら成功なのですか?』とか『今日の対話はうまくいきましたよね?』という質問をいただくことがあるんです。

対話が成立したのかどうか、気になる気持ちはすごくわかるんです。哲学対話って、普段のわたしたちのコミュニケーション、たとえば会社の会議やなにかテーマを持った議論などと比べると、すごく変な時間に感じられるから」

永井さん:
「この不思議な、そして苦しくもある、水の中をもがくような時間って一体なんだろうって、わたしもずっと問い続けていて。

哲学対話をひらくひとになって、さまざまな場を重ねてきて、いま思うのは、わたしたちは決してわかりあうことはない。だけれども、わかりあおうとしあう、そのこと自体に希望を感じられるし、わたしたちって、めっちゃバラバラな存在なんだ!と認め合った瞬間に、やっと対話がはじまるということなんです。

どうせわかりあえないから退場します、ではなくて、じゃあここからはじめようって。だから対話というのは、コミュニケーションというよりもチャレンジに近いんです。

いや、でもチャレンジというとすこし明るすぎるから、“試み” という言葉のほうがしっくりくるかもしれません。そんな試みを信じられる場をつくっていきたいですね」

*****

あのひとや、このひとと、みんなで一緒に、わかりあわなくちゃ。でも、なかなかできない。そんなとき、わたしは、それは努力不足や自分の器が小さいからできないのだと、勝手に責めたり諦めたりしていました。

でも、永井さんのお話をきいて、自分のわかりあおうとする姿勢さえ忘れなければ、見え方や景色は変わっていくのかもしれないと希望を持ちたくなりました。哲学対話での時間には、どうやらそんなヒントが散りばめられていそうです。

一方で、哲学対話に興味はあっても、実際に参加するのは難しいひとがいるのも事実。では、どんなことがわたしたちの哲学の一歩めになるのか、最終話で永井さんと一緒に考えてみました。

 

(つづく)

【写真】井手勇貴


もくじ

 

永井 玲衣(ながい れい)

哲学者。1991年、東京都生まれ。学校・企業・寺社・美術館・自治体などで哲学対話を幅広く行っている。哲学エッセイの連載のほか、坂本龍一・ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文、主催のムーブメント「D2021」などでも活動。著書に晶文社『水中の哲学者たち』。詩と植物園と念入りな散歩が好き

 


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