【手のひらに哲学を】第一話:世界に意味づけをするのは、あなた自身。哲学に出会って、ようやく人生がはじまった
編集スタッフ 松田
昨年、一冊の本に出会いました。
ある本屋さんに薦められて手に取ったのは、「水中の哲学者たち」と題された、水色の美しい装丁がほどこされた一冊。
哲学者の永井玲衣(ながい れい)さんが、哲学を学ぶ中で経験した出来事や考えを綴ったエッセイ集です。ページを読み進めていくうちに、こんな文章をみつけました。
好きな木が切られて、かなしかった。ここからでも、哲学は始めることができる。だから、哲学対話ではそんな日常の断片が飛び交う。
「水中の哲学者たち」 p.87
永井さんは、哲学はすべてのひとに関係するし、すべてのことにかかわることができて、重要でないと思われているものも、哲学対話では考えることができる、といいます。
愛とか、生きるとは何かとか、難しい言葉で整然とまとめられた大哲学ではなく、わたしたちのすぐそばに漂っている、あいまいで、とらえどころがなく、今にも消えそうなささやかな手のひらサイズの哲学こそが、世界やあなた、わたしの存在は美しいと教えてくれるのだと。
まるで読んでいるわたしに、あなたのすぐそばに美しい哲学は眠っているんですと、静かに呼びかけてくれているような、永井さんの瑞々しくてのびのびとした言葉が印象的で、永井さんの考える「哲学」、そして「哲学対話」についてもっと知りたいと、お会いしてきました。
「好奇心に溢れた子ども」ではなかったんです
まずは永井さんの生い立ちから伺いました。
永井さんは、どんな子ども時代を過ごされてきたのでしょう。哲学に興味をもたれたきっかけを教えてください。
永井さん:
「よく哲学者の方に幼少期のことを訊ねると、『なぜ?、どうして?って大人に尋ねて困らせているような、好奇心いっぱいの子どもだったんです』とおっしゃる方が多いんです。
でも、わたしは決してそんな感じではなくて。どちらかといえば、少しひねくれた子どもでした。いつも拗ねていたし、なぜかイライラしていたし、いろんな物ごとに対してどうしてこうなんだろう……とため息のような、言葉にならないモヤモヤを抱えていました。
高校2年生の終わり頃までそんな感じで、いつも上の空で、自分の人生にまったく集中できていなくて。大学なんていくもんかと、模試の志望校欄にもまったく関係のない大学名を書いてしまって、まわりの大人から心配されたこともありました」
悲しい時、ひとはどんな振る舞いをするんだろうって
永井さん:
「でも読書だけは好きで、いつも本を読んでいました。
本を読めば、これからの人生でどう振舞って生きていけばいいのか、そこに答えがある気がしていたのかもしれません。たとえば、悲しいことがあった時、ひとはどんな振る舞いをするんだろう、とか。
それで図書館に並んでいる名作集コーナーの『あ』から順に手に取って読んでは、ふーん、そういうものかなぁ、と素直に影響を受けたりして。ただただ、ひたすら受け身で本を読む、そんな感じでした」
読書を重ねる中で永井さんが衝撃を受けたのが、ある一冊の哲学書でした。それはフランスの哲学者、サルトルの本。この本との出合いが、永井さんの人生を変えたといいます。
ひねくれてないで、生きようよって言われた気がした
▲高校生のとき、古本屋で初めて手にしてから、ずっと大切にしている一冊。付箋を貼ったり、線をひいたり、夢中になって読み込んだそう
永井さん:
「この本に出会うまで、漠然とですが、わたしはこの世界にはなにか意味や本質があると思っていたんです。そして自分はそこから逸れてしまっていて、きっと辿り着くことはできないと、心のどこかで諦めているようなところがありました。
でもサルトルの本には、こんなふうに書いてあって」
諸君が生きる以前において人生は無である。しかし人生に意味を与えるのは諸君の仕事であり、価値とは諸君の選ぶこの意味以外のものではない。
J-P・サルトル著 「サルトル全集 第13巻 実存主義とは何か」 p69
永井さん:
「世界は無であって、そこに意味づけ価値づけをするのはあなたである、と。衝撃でした。この世界に意味づけをしていいんだ、このわたしが?って。
自分なんかってひねくれていないで、生きようよ、そんなふうに語りかけてくれているような気がしたんです。自分の人生についても、当たり前だと思われていることに対しても、わたし自身が考えて、問いを投げかけていいんだよと。
それで大学は哲学科へ進もうと強く決心しました。哲学科のある大学をみつけて、その大学しか受験しなかったんです。今思うと大胆ですが、そのぐらい自分にとって衝撃的な出合いで、わたしは哲学を一生やるんだ!と思っちゃったんですよね」
哲学とは「態度」そのものだと知って。ようやく人生がはじまった
大学の4年間はようやく自分の人生がはじまったなという感じで、すごく楽しかったと永井さん。どんなところが楽しかったのですか?
永井さん:
「なんでしょう、風土というんですかね。哲学科では、哲学というのは、思想や歴史をいっぱい知っているとか、論理的思考力が高いとか、論文を書くのが上手いとか、そういう知識やスキルではなくて、“態度” そのもののことなのだと、いうことを教わりました。
誰かの問いに対して、どうしてだろうね、としつこく付き合えるか。人のはなしを、『うんうん、それで?』とちゃんと聞けるとか。他者のことを競争相手ではなく共同相手、一緒にわかんないねぇと言い合い、ともに探求する相手として接することができるか。そういう態度こそが哲学なんだということを、先生や先輩の姿から学びました。大学に流れている空気、そのものが面白かった」
永井さん:
「もちろん、授業では過去の哲学者についてや歴史もすごく勉強しました。でも授業が終われば研究会で、先生たちもわたしたち学生と一緒にとことん考えてくれる。先輩後輩関係なく、仲間たちとあらゆるテーマについてずっとおしゃべりができる。その時間が、ものすごく楽しかったんです」
*****
この世界の意味づけはわたし自身がしていいのだと衝撃を受けた、サルトルの本の出合いを経て、現在永井さんは小学校や企業などで、哲学的なテーマについて参加したひとと一緒に考えて対話をする「哲学対話」をひらく活動をしているそう。
つづく第二話では、その哲学対話で参加する人たちはどんなことを話すのか、永井さんが「広めたい」と思う理由はどうしてなのかをお聞きします。
(つづく)
【写真】井手勇貴
もくじ
永井 玲衣(ながい れい)
哲学者。1991年、東京都生まれ。学校・企業・寺社・美術館・自治体などで哲学対話を幅広く行っている。哲学エッセイの連載のほか、坂本龍一・ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文、主催のムーブメント「D2021」などでも活動。著書に晶文社『水中の哲学者たち』。詩と植物園と念入りな散歩が好き
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