【おおらかに暮らす小さな家】第2話:秘密は「プラス15センチ」。壁面収納を効率よく使う可動棚のアイデア
ライター 藤沢あかり
家族5人、32平米の平屋に暮らす建築家の加藤直樹(かとう・なおき)さん。小さな住まいには、工夫とあたらしい考え方がみっちり詰まっています。その様子を拝見しながら、アイデアを自由にやりくりして住みこなす楽しさや、これからの家づくりの可能性について考えてみました。
2話目では、壁一面の収納棚をはじめとする、家のあちこちに潜む住まいの工夫についてお聞きします。
プラス15センチの奥行きで収納の可能性が広がる
加藤家のメイン収納は、この壁面いっぱいのオープン棚。1話目でご紹介した壁や床などの内装と同様、ここでも使っているのは節や木目が味わい深い構造用合板です。
加藤さん:
「ポイントは、棚板の奥行きを60センチにしたことです。通常、既成の棚は奥行きが30センチか45センチが多いですが、『プラス15センチ』で、収納の幅は大きく広がるんですよ。
たとえば、右半分はハンガーバーを取りつけてクローゼットに。この奥行きがあれば、男性サイズのジャケットやコートも収納できます。その下は、イケアのワイヤーバスケットがちょうどいいサイズで収まりました」
▲バスケットの内側には、同じくイケアの仕切りボックスを入れているので、横からの見た目にも統一感が。
▲電車のレールやブロックなど、大きなおもちゃは無印良品の布製ボックスにざっくり収納していました。
反対側にあるキッチンの作業台や、その隣につくった棚もすべて奥行き60センチに統一しています。
加藤さん:
「60センチあれば、収納ボックスも手前と奥の2段構えにできます。もし、この15センチを取らず床面積を増やしても、さほど広さの印象は変わらないんですよね。反対に収納場所が減ることで、ものがあふれて暮らしにくくなっていたと思います」
▲食材ストックやキッチン関連の日用品を入れた白いボックスはイケアで購入。
加藤さん:
「収納グッズは、イケアや無印良品で見つけることが多いです。でも100円ショップも行くし、特別こだわっていません。
デザイン性の高いものからチープなものまで、意外とどんなものでも似合うというのも、この家の『許せる』ポイントだと思います。ダサかっこいいところも含めて味わいというか、少々へんてこなものもなじむんです」
▲子どもの作品もインテリア雑貨も、同じ空間にざっくばらんに重なり合うことで、この家だけの表情に。
加藤さん:
「収納力には満足していますが、やっぱりものが増えすぎないように定期的に処分はしています。そうはいっても『なんとなくいいな』って衝動買いすることも、めちゃくちゃありますけどね(笑)。
どちらかというと、ものよりも経験や思い出にお金をかけたいんです。子どもたちの習い事も、本人がやりたいならできるだけかなえてやりたいし、家族でキャンプに出かけるのも楽しみのひとつ。ただしキャンプ道具は増えすぎちゃったし、敷地内の実家や母屋を間借りして置かせてもらっているものもあるのが実情です」
家族の変化に合わせて、家をどんどん変えていく
可動棚のいいところは、暮らしの変化に合わせて、どんどんカスタマイズしていけるところです。いまは子どもたちのハンガーラックになったこの一角も、以前は違ったかたちで使っていました。
加藤さん:
「小さい頃はここでお絵描きや工作ができるキッズコーナーとして。その後は、棚板を上げて宿題をするデスク仕様にしていました。奥行きがあるおかげで、いろいろな使い方ができるんです。
少し前にダイニングテーブルを6人掛けの大きなものに変えたので、いまは宿題もあそびも、ぜんぶテーブルでするようになりました」
子どもが変わっていくのは、身体の大きさだけではありません。時間や空間の使い方も、好みも、ライフスタイルも。もちろんそれは、子どもに限った話でもなさそうです。
加藤さん:
「家族が変化していくのは当然のことです。だからこそ最初に作り込まない、用途を決め込まない。変化を『許せる』というのも、住宅には必要なことだと思っています」
当初4人で寝る想定でつくっていた寝室も、この家に来てから三男が生まれたことで、あとからロフトベッドを取りつけました。落下防止にスチールバーではなくロープを使ったのは、気軽につくり直しやすいようにです。
よく見ると、天井の一部に白くペイントしている様子がありますが、これは……?
加藤さん:
「プロジェクターを使って、家族で映画ごっこをするんです。最初は天井にそのまま写していたんですけど、白いトトロが木目模様に(笑)。布を貼る案もありましたが、あえて一角だけペイントするのもアクセントになって、おもしろいなと思います」
「あったらいいな」を、そのつどかたちに
住みながら加えた小さな工夫は、まだまだあります。天井に取りつけたのは、洗濯物を一時置きできるランドリーバーです。
加藤さん:
「ちょっと引っ掛けられるところがあったらいいなという、妻のリクエストで作りました。ポールも金具もホームセンターですぐに揃うものばかりです。紐は、キャンプ用のロープ。天井に取りつけるときは、構造の下地がある場所を確認するといいと思いますよ」
こちらは玄関。ランドセルや鞄を掛けるフックも、ほとんどがホームセンターで売られているシンプルなものです。どれも住みながら増やしていきました。
加藤さん:
「靴箱は、三男が靴にいたずらをする時期にサイドを塞いだんです。ただ塞ぐだけじゃつまらないと思って有孔ボードにしたら、家族のミニバッグにちょうどいいスペースが生まれました。
ちょっと塗ってみようとか、フックをここにつけてみようとか、思い立ったらすぐできるのは、合板のラフな雰囲気と強度のおかげです。家族の希望や成長などの変化に合わせて、そのつど家も変化させていく。家の完成を遅らせるというか、住みながら仕上げていくというか。家は建ったときが完成ではなく、はじまりだと思っています」
限られた条件でやりくりする、キャンプみたいな暮らしかた
加藤さん:
「キャンプって限られた状況のなかで、どうやって荷物を減らす? どう乗り越える? と、いろいろ工夫を凝らしますよね。そこにおもしろさがあるし、生活にも生きると思います。限られた住まい空間に、どう収めようか、どう配置したら使いやすいか。そういうことをとことん考えて、当てはめていくのも楽しいんじゃないかな。
なんでも便利であればあるほどいいと思いがちですが、至れり尽くせりじゃなくてもいいんです。自分で考えて工夫して、どんどん手を加えていくのもおもしろいと思いますよ」
そう話す加藤さんの向こう側では、子どもたちがベッドにシーツをくくりつけ、ハンモックのようにして遊んでいました。なんて自由で楽しい家!
次回、最終話では工夫を重ねて家を住みこなしていく加藤さん一家の、新たな構想についてお聞きしました。10年限定の「仮住まい」は、想定外の方向へ舵を切ったようです。
(つづく)
【写真】上原朋也
もくじ
加藤直樹(かとう・なおき)
建築士。「N.A.O」ナオ 一級建築士事務所主宰。「許せる暮らし」をモットーに、生活感や経年変化、家族の変化などを豊かさに変えるアプローチの家づくりを得意とする。神奈川県秦野市在住。
https://www.n-archi-o.com
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