【新連載:月と太陽がくれたカレンダー】第一話:栗に見立てた、もうひとつの月見

ふと鳥のさえずりに耳をすませたり、道ばたに咲く花に目をとめたり⋯。そんな、なにげない情景に出会えたとき、こころがほっと、やわらかく呼吸できたような気持ちになることがあります。季節の移ろいや自然の兆しをこまやかに写すような旧暦のお話が、今日というかけがえない季節を感じられるきっかけになれたなら幸いです。

白井明大

 

いまからおよそ150年前まで日本では、旧暦という暦を使っていました。

旧暦だと、たとえば夜空を見上げれば、今日が何日か、おおよそのところがわかりました。

夜空に月が昇らない、新月の夜は、月の初めの一日。

ほっそりした三日月が、日暮れの西の空に出ていたら、今日は三日。

まん丸い月がぽっかり浮かんでいたら、十五日ごろ。

月が新月から満月へと満ちていき、それからまた欠けて、もういちど新月に戻ってくるまで、約29.5日かかります。ほぼ一か月ですね。

なので、新月から次の新月までを一か月として月の満ち欠けに沿った、太陰暦(たいいんれき)という月の暦が生まれました。

ただ、月の周期だけで月日を数えると、一年が365日より約11日ほど短くなりズレてしまうので、太陽のまわりを地球が一周する長さを一年とする、太陽暦(たいようれき)という太陽の暦と組み合わせてズレを直していました。

それが、150年前まで使っていた旧暦の太陰太陽暦(たいいんたいようれき)という暦なのですが、今回は、秋の名月にちなんで月と暦にまつわるお話をしたいと思います。

この秋の十五夜はご覧になりましたか?

十五夜という名前は、月の暦、太陰暦から来ています。新月を一日として、十五日目の月だから、十五夜。

十五日目が必ずしも満月とはかぎりませんが、十五夜は満月か、あるいは満月に近い丸い月が昇ります。

とくに澄んだ夜空に浮かぶ、秋の十五夜は、うっとり眺めたい美しい月として古来愛でられてきました。

それが、旧暦八月十五日の月、中秋の名月です。

でもね、秋にお月見したい、もうひとつの名月をご存じでしょうか。

十五夜のおよそ一か月後、旧暦九月十三日の、十三夜(じゅうさんやも名月とされています。またの名を「(のちの月」や「二夜(ふたよの月」とも。

十五夜の月見は古くからあって、大陸から伝わってきた慣習ですが、十三夜の月見は、古代中国や朝鮮などでは見られず、どうやら日本独自の文化のようです。

平安後期の貴族の日記には、宇多法皇という人が「この夜の月は、無双の美しさですね」と褒めたたえたことから十三夜を名月とするようになった、とあります。その宇多法皇の時代、延喜十九年(西暦919年)に宮中で十三夜の宴が催された、との記録も残っています。

十五夜にも、十三夜にも、いろいろな呼び名があって、十五夜は芋名月、十三夜は栗名月や豆名月ともいいます。満月より少し欠けた、十三夜の月の形が秋の収穫の栗や豆と似ているので、そんな名前がついたようです。

栗や豆に見立てて十三夜の月見をするのは、恵みをもたらしてくれた自然への畏敬の念があったことでしょう。

十五夜の月見をしたのに、十三夜を見逃すのは片見月(また片月見とも)といって野暮と見なされたようですが、それは江戸の遊女が、客に通ってほしくて広めたジンクスだったとか。

そうした背景はともかく、のん気に考えてみると十五夜をともに眺めた、仲のいい人同士が、次の十三夜も一緒に月見を楽しみましょう、と約束を交わすなんてずいぶんロマンチックではないでしょうか。

古代中国でも、朝鮮でも、日本でも愛でられてきた十五夜が由緒正しいオフィシャルな月見だとしたら、日本でぽっかり誕生したかのような十三夜の月見は、どちらかというと、感性や情緒、自然への敬慕によりそった、いわばプライベートな月見のようにも思われます。

ならわしやしきたりというと、月見団子を三方に何個お供えして、月から見て左に秋の収穫を、右に月見団子を、真ん中には瓶子にすすきを⋯などなど、細やかにしつらいを凝らす楽しみもありますが。

十三夜くらい、自分の好きなように、心の向くままに月を眺めるのが、むしろ十三夜らしい楽しみ方かもしれません。

栗名月、豆名月の月見にいただきたい、秋の味覚もさまざま。栗といえば、モンブランのおいしい季節ですし、豆料理を肴に、日本酒のひやおろしを味わうのもおつなものです。

旬の味覚にこだわらずとも、食ともかぎらず、ただ窓辺で静かに眺める、それだけで一人の私と月との関係は満ち足りるような気もします。

今年の十三夜は、十月十五日に訪れます。

 

文/白井明大
詩人。1970年東京生まれ。2008年より、二十四節気七十二候に沿って季節の移ろいを感じる「歌こころカレンダー」を毎年制作。2012年、『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』が静かな旧暦ブームを呼んで30万部超のベストセラーに。2016年、『生きようと生きるほうへ』で第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。『いまきみがきみであることを』『日本の憲法 最初の話』など、自然や生命や心の自由に関わる著書多数。

 

イラスト/shunshun
素描家。1978年高知生まれ、東京育ち。広島在住。心に響いた光景を、ブルーブラックのペン一本から生まれる線により、一つひとつ精魂を込めて描く。毎年自主制作している『二十四節気暦』カレンダーのファンは多い。著書に『椿ノ恋文画集』『一條線一片海』など。

 

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