【連載|ひとはパンのみにて】第八回:アート作品を買ってみること

みなさんこんにちは。安達茉莉子と申します。自他ともに認めるお買い物好きの私ですが、このたび買い物にまつわるエッセイの連載が始まることになりました。私は買い物とは、「出合うこと」だと思っています。みなさんの日々に、良き出合いがありますように。

安達 茉莉子



第八回 アート作品を買ってみること



 アートが家にある暮らし。それがどんなものだか知ったのは、アーティストの友人宅に泊めてもらったときのことだ。

 美術作家の 山形敦子 ( やまがたあつこ ) さんと、山形さんのパートナーで彫刻家の 西島雄志 ( にしじまゆうじ ) さんが暮らす、群馬県中之条町の古民家には、ふたりが集めたアート作品が多く飾られている。ふたりの作品もあるが、その多くが、誰か別の作家の作品だ。

 日々作品に向き合い、アートを心から愛している作家が迎えた作品がある家は、どこを見てもなんともあたたかく、ほっとする雰囲気がある。たとえば、洗面台の棚に小さな陶器の作品がちょこんと置かれているだけで、一気に明るい場所になる。まるで、生の花をいけたときのようだ。何か生きたものが家にある感覚は、自宅に帰ってからも憧れとして残っていた。 

§

 私は自分でも個展を開いているが、実は好きな作家の個展に行っても、作品の購入に至ったことはほとんどなかった。リソグラフ印刷で刷られたポスターなどは購入したことがあるが、原画となるとほとんど経験がない。それなりの値段がするのもあるが、靴や服なら、同じ価格帯でも購入することはある。なぜアート作品だと簡単に手が出ないのだろう。

 朝食を食べながら、どんな時に作品を買いたいと思うのか山形さんに聞いてみた。

「作品には、その人の視点や背景、思想、そんなものが全部溶け込んでる。それを分けてもらう感覚があるかな」

 アートは基本的に一点もの。作家は自分の人生の時間を使って、この世にたったひとつの作品を作る。だから、作品を眺めていると、ぼんやり光って見えるのだろうか。

 そんな話をしていたこのとき、まさか、その日の夜に、そんなたったひとつの作品に出合うとは思っていなかった。

§

 開催中だった国際現代芸術祭・中之条ビエンナーレを巡り、夜、山形さんと西島さんと、高崎にあるビエント アーツ ギャラリーを訪れた。惜しまれながら閉廊が決まっており、この日は、最後の企画展の最終日だった。

 壁一面に展示されたドローイング作品の前で立ち止まった。何枚くらいあるだろう。それは、ビエンナーレ会場でとても素敵だと思った、長野在住の作家・ 立原裕子 ( たちはらひろこ ) さんの作品だった。まさかここでも別の作品に出合えるなんて。

 オイルパステルと色鉛筆で描かれた、山や湖の風景。色が美しく、線も軽妙で、見ているとスッと色や光が染み通ってくる。その中の一枚が目に留まった。海辺にそびえ立つ崖を思わせる作品で、ピンクの崖に、オレンジの海。朝焼けのような風景に見えた。

 朝にアートを買うことについて話をしていたからか、妙にどきどきしていた。目の前にとても惹かれている作品がある。でもアート作品を買う勇気はすぐには出てこない。一旦落ち着こうと、ギャラリーを出て、外の空気を吸って緊張から逃げたが、結局やっぱりその絵の前に戻ってきてしまう。だって、見ていると、心地が良い。

 そんな私の姿を見た山形さんがスッと隣にきて、ささやいた。

「買ってみたらいいんじゃない? 自分でお金を出して買ってみることで、きっとわかることがあるよ」

 言葉とは本当に、魔術のように人を動かす。背中を押されるように、体が前に出た。いざ作品購入のハラを決めると、そこからがさらに悩ましかった。選べないほど好きな絵が何枚もある。だけど、予算的に買えるのは、1枚。

 候補を絞った作品の前で右往左往。汗まで出てきた。それにしても、普段している買い物と、なんて違うんだろう。実用性とか、「コスパ」とか、誰かのレビューとか、一切関係ない。今、「たったひとつ」のものと、向き合っているのだ。この瞬間、大事なのは、作品と私の間にあるものだけ。自分がどう感じるか、それだけ。

 最終的に決めたのは、最初に目が留まった崖の作品だった。どこか朝の船出を思わせる空気感があって、仕事場に飾ったら、きっと私の作品の力になってくれると思ったのだ。

 悩んでいる間にいつの間にか企画展は終了し、パーティーが始まっていた。購入しましたと話したら、西島さんが言った。

「アートがあると、家は絶対変わるよ。同じじゃない。それは約束するよ」

 見飽きることはないという。毎日見ても、何度見ても違う発見があるのだと。きっと、それがアートなのだろう。枯れない花みたいに、何度見ても心に触れる、生きたもの。西島さんと山形さんがにやにやと笑っている。

「一回買うと、どんどん欲しくなるよ」

 どうやら私は沼に足を踏み入れたらしい。アートのある暮らしの中に。





東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『世界に放りこまれた』(ignition gallery)、『らせんの日々 ― 作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)などの著書がある。10月21日、新刊『とりあえず話そう、お悩み相談の森 解決しようとしないで対話をひらく』(エムディエヌコーポレーション)発売。


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