【連載|生活と読書】第九回:独立系書店の旅

島田 潤一郎

 「独立系書店」という言葉を知っていますか?

 いつからこんな呼び方が一般的になったのか、はっきりとした記憶はないのですが、インターネットで調べてみると、本が好きなひとたちのあいだで、2017, 8年ごろからつかわれるようになったようです。
 「独立系書店」とは、旧来の書店と比較して初めて意味をもつ言葉であり、すなわちチェーン店でもなく、代々つづいている家業としての本屋でもなく、ひとりの個人、あるいは一組のカップル、あるいは小さな企業がこの数年のあいだにオープンさせた書店の総称です。
 最近のニュースを見ていると、老舗の本屋さんが閉店したとか、雑誌が廃刊になったとか、業界全体の売上がまた下がったとか、暗い話題ばかりが目につきますが、実はその一方で、全国でたくさんのあたらしい書店がオープンしています。
 そうしたムーブメントの担い手として、「独立系書店」という言葉がインターネット・メディアを中心に徐々に広まっていったように思います。

 ぼくは東京で小さな出版社を営んでいますが、その取引先の半分は「独立系書店」です。彼らとは取次(卸のようなものです)を介してやりとりをするのではなく、こちらから直接、店舗に本を送っています。
 やりとりはおもにメール。ビジネスパートナーというよりも、お互いの体調や家族のことを気遣いながら付き合っています。
 彼らは当たり前かもしれませんが、みな本が好きです。
 儲かりそうだから店をはじめた、というようなひとはおそらくひとりもおらず、どちらかというと、本という商品に、あるいは本屋さんという場所に積極的な価値を見出して、それぞれの仕事をスタートさせています。

 ぼくはすべての業務をひとりでこなしていますから、本を編集するだけでなく、営業の仕事もします。年に数回は東京を離れて、関西に行ったり、名古屋に行ったり、東北や、九州や、沖縄や、北海道に行ったりします。そこで店のオーナーである彼らと話をします。

 最近、どうですか?
 ご家族は元気ですか?
 最近、なにかおもしろい本はありますか?

 ぼくは彼らの店で一冊の本を買い、帰りの電車でそれをパラパラとめくります。
 書店をまわればまわるほど、リュックサックのなかの本はどんどん増えていきます。

 ある海辺の本屋さんでトークイベントをやらせてもらったときのことです。
 店には常連さんばかりが15人ほど集まり、静まり返った夜のなか、ぼくは一時間半ほどひとりで話をしました。そのときは、自分が書いた本が発売されたばかりだったのです。
 イベントが終わったあとも、店のなかで書店のひとたち、お客さんと話をし、気づけば、乗る予定の電車の時間が迫っていました。
 冬の雨が降っていました。
 書店のひとが車を出してくれて、ぼくは急いで駅に行き、ホームの階段をのぼって、すでに到着していた電車に乗りました。
 そうしたら、イベントに来てくれていたお客さんが駆け足でやってきて、ぼくに一通の手紙を渡しました。
 そこに書いてあったのは、書店で働いているひとの心がいかにきれいで、彼女がいかにすばらしいか、ということだけでした。
 ぼくはなんだか、夢をみているような気持ちになりました。

 「独立系書店」は東京だけでなく、大きな町だけでなく、小さな町や、島にもオープンしはじめています(さすがに小さな島ではなく、大きな島ですが)。
 彼らのほとんどは自分たち店のことを「独立系書店」とはいいません。その代わりに、ふつうの本屋さんだといいます。
 そこは彼らが自分の地元、あるいは自分が好きな町につくった、本を並べ、売る場所であり、周辺に暮らすひとびとが気晴らしをしたり、好奇心を満足させたり、くつろいだりする場所です。
 旅をし、観光地を見て、美味しいものを食べ、そのあとに一軒の書店を訪ねる。どうでしょう、楽しそうじゃありませんか?
 さらにそこから温泉に浸かることができたら、いうことはありません。
 ビール、ないしはコーヒー牛乳を飲みながら、本を読んで、うたた寝。

 「独立系書店」のほとんどは通信販売もやっていますから、そこで本を買うのもおすすめですよ。



撮影協力:YATO(東京・両国)


『クレーの日記』
パウル・クレー (著),
ヴォルフガング・ケルステン (編集), 高橋文子 (訳)
みすず書房

ちょうど今月(2025年10月)、「独立書店ネットワーク」が設立され、現在、ネットワークに加盟している複数の書店で「わたしのみすず書房」フェアが開催中です。ぼくがみすず書房の本のなかで忘れられないのは、葛西薫さんがデザインした『新版 クレーの日記』。こんなにきれいな本はそうないと思います。



文/島田潤一郎
1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが、2009年に出版社「夏葉社」をひとりで設立。著書に『あしたから出版社』(ちくま文庫)、『古くてあたらしい仕事』(新潮文庫)、『父と子の絆』(アルテスパブリッシング)、『電車のなかで本を読む』(青春出版社)、『長い読書』(みすず書房)など
https://natsuhasha.com

写真/鍵岡龍門
2006年よりフリーフォトグラファー活動を開始。印象に寄り添うような写真を得意とし、雑誌や広告をはじめ、多数の媒体で活躍。場所とひと、物とひとを主題として撮影をする。

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