【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第八回:神さまじゃない!
山本 ふみこ
「山本さんの目標って、何ですか?」
という質問を、受けました。
「親切にすることです」
咄嗟に、しかもいやにきっぱり告げたものですから、質問者はちょっと驚き、わたしの顔を覗きこみました。
どうやら仕事の目標や、実現させたい夢について訊いているのですよ……、ということだったみたいです。
すべて、「なりゆき」をひとつひとつ受けとめて一所けん命務めよう、と考えているわたしには、目標らしい目標はありません。
わたしと会ったひと、ふれあった誰かさんに「あのおばさん、親切だったな」というかすかなものを残したい、というのは目標といえるかもしれません。
とくに、いいお客になりたい、です。
飲食店で横柄な口をきいたり。バスや電車の乗務員にとんでもない注文をつけたり。販売員や配達のひとに御礼のことばも忘れたり。─── そんなことにならぬよう、気をつけています。
「お客さまは神さまです」ということばがありますね。
これを初めに云ったのは、国民的大歌手であった三波春夫です。三波春夫をわたしは優れた文化人として、とても尊敬しているのですが、彼が残した「お客さまは神さまです」をとり違えているひとに、ときどき遭遇します。
このことばは、お店のひとをはじめサービスを提供する側の覚悟として生まれたものではないでしょうか。三波春夫としたら、聴衆、レコードを買う顧客に対する対し方です。
ところが自分はお客で神さまなのだから、とばかりにふんぞり返るひとを見かけます。こんなときほど、がっかりすることはありません。
そうして「あなたが神さまだと云うのなら、どうか神さまらしくしてくださいましよ」と思うのです。どう考えても、神さまが、ふんぞり返ったり横柄だったりすることなどありはしないでしょうからね。
袖振り合う(=ちょっとすれちがうくらいの)相手に親切を手渡せたなら、その親切は、別のかたちの親切となって、自分のもとに返ってくるような気がしてなりません。
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
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写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
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