【大人になるってなんだろう?】第二話:それだけの時間を「積み重ねてきた」ということ(ライター/こころの本屋 石川理恵さん)

ライター 片田理恵

大人になるってなんだろう? 第2回のおしゃべりにおつきあいいただくのは「こころの本屋」の石川理恵(いしかわ・りえ)さんです。

暮らしにまつわる記事を執筆するライターとして、25年に渡り活動されてきた石川さん。一方、2023年10月には地元である東京・東長崎に小さな本屋さんをオープンしました。

この特集のきっかけになった新聞記事(第一話参照)の内容をお伝えして取材をお願いすると、「大人になるってやさしくなること。本当にその通りだと思います。すてきな企画!」と快く引き受けてくださいました。

第一話から読む

 

気にかける関係が増えること

石川さん:
「私たちって自分が大人だという実感はなかなか持てないけれど、それは大人というものを『我慢ができること』とか『ちゃんとしていること』と紐づけているからかもしれません。

今回のお話をいただいて、改めて大人になることについて考えたとき、『大人として求められがちなこと』からいったん離れて、自分がどうなりたいかという視点に立ちたいと思いました。

まず、大人になるって、私はシンプルに『同じ時間を過ごした人がどんどん増えること』だと感じています。学校、アルバイト先、職場、子どもの付き添いや、よく行くお店などで、なかよしとまではいかなくても、ただ同じ空間にいたり、挨拶を交わしたりする人が年々増えていく。

そうすると、その中から『気にかける関係』が生まれてきます。

『あれ? いつもと違うな』と思ったり、『あの人、どうしているかな』と思い出したり……。自分がさまざまな経験をしていると、ほかの人にもいろいろあるってことが想像できるようになりますよね。そうやって、あちこちに気にし合う人が増えていくことって、安全地帯が増えていくような感覚です」

「こころの本屋」の開店以来、卒業してから会うことのなかった学校の同級生や、子どもが小さかった頃につきあいのあったママ友など、何年も疎遠になっていた人たちとのつながりがゆるやかに復活したことも、そう考えるようになった理由のよう。

石川さん:
「お店に来てくれるってことは、どこかで私のことを気にしてくれているってことだと思うんですよね。それがうれしいし、ありがたいなと思います。

たまたま同じ時期に、たまたま同じ場所で過ごしていただけなんだけど、そういうきっかけの縁っていいものなんだなと、この歳になってつくづく思うようになりました」

 

あっけらかんと自分の気持ちを言うこと

石川さんには、これから目指していきたい「大人像」があるといいます。それは「あっけらかんと自分の気持ちを言う」こと。

石川さん:
「相手の気持ちを想像できることと、勝手に気をまわすことは、別物だと思うんです。適度に気を遣うのはいいことだけれど、気を遣いすぎると相手にも気を遣わせてしまう。だから、自分の気持ちをそのまま伝えたり、相手にちゃんと伝えたりするようなコミュニケーションがとれるようになりたいと思っています。

たとえば、うちのお店は靴を脱いで上がってもらうスタイルなんですね。お客さんには長居して欲しいから、座ってもらえるように座布団を用意しています。だけど私もほかの仕事があったりして、席を外したいこともあります」

石川さん:
「そんな時に『私が仕事を始めたら、居にくくなるかな? 気を遣って帰っちゃうかな?』と気を回すのではなく、『ゆっくりしてほしい気持ち』と、『隣の部屋で仕事をしたい気持ち』の両方を、そのまま伝えるようにしようと。『まだまだゆっくりしてね。私はあっちで作業しているね』と明るく笑顔で伝えられるのは、大人だと思うんですよね」

 

時間を重ねてきたこと

気にかける関係が増えること。あっけらかんと自分の気持ちを言うこと。石川さんの話を聞いて、関わり合って暮らす人たちとのつながり方をより大切に、より心地よくしていけるのは、確かにすてきな大人だなと感じました。

それを伝えると、取り出して見せてくれたのはたくさんの日記帳。

石川さん:
「大人って、物理的に時間を重ねてきたってこと。

私、中学生の頃から日記をつけていて、それを全部とってあるんです。今日持ってきたのは一部で、家にはまだまだあります。時間を重ねてきたことが、こうやって視覚的に物量で見るとよくわかるなぁって。

期間的にごっそり抜けていたり、誕生日や特別な日にしか書いていない日記もあるんだけど、でもずっと何かしら書いてきているんです。出産した時に病院でササっと書いたメモみたいなものもあるし、本を読んだ記録や講座を受けたときのノート、子育て中にやっていたmixiの日記も、紙で残したくてあとから冊子にまとめました」

目の前にある石川さんのこれまでの「時間」。それを、大人になっていく中で生まれたその時々の言葉が物語っています。好きな人のこと。誰かの悪口。漠然とした不安。自分自身への苛立ち。すごく楽しかったあの日。何も書けなかったこの時期。

石川さん:
「特に高校を卒業してからの数年で書いたものなど、読むのがしんどい日記もたくさんありました。

それまでは自分の外に向かっていた思考の矢印が、内側に向くようになったからだと思います。学生でいればよかった頃はなんとなく人のせいにしながら生きていたけれど、ここからは自分で人生を選んでいかなくては!という時期だったから。感情を吐き出したい時ほど書いていたみたい」

 

自分が頑張ってきたということ

「大人になって楽になったなと思います」。日記のページをめくりながら、石川さんが言いました。

楽になった。ああ、それは本当にその通りだと思います。大人になる前の苦しさを、あの頼りなさ、もどかしさを、私たちは知っているから。

石川さん:
「日記を読むと、いいことも悪いこともたくさんあったなと思うんです。何せ書いているのは自分だから、共感しかないです(笑)。

そういう膨大な時間を重ねてきて、今、楽になったと感じられるのは、それだけ自分が頑張ってきたってことだし、諦めなかったってこと。だから大人になってよかったです」

こころの本屋に並ぶ本は、すべて石川さんが選書をしています。

紡いできた日記と同じようにこれらの本もまた、石川さんのこれまでの時間の積み重ね。不完全。生きづらさ。自分のため。話し合う。信じる。書棚を見渡しながら言葉を拾っていくうち、ここにあるのは誰かのこころを揺らす本なのかもしれないと感じました。

大人になるってなんだろう? 明日公開の第3回では、東京で雑貨店を経営して39年目を迎える「ファーマーズテーブル」の石川博子さんにお話を伺います。

(つづく)

 

【写真】川しまゆうこ


もくじ

 

石川 理恵

編集者・ライター。「こころの本屋」店主。雑誌や書籍でインテリア、子育て、家庭菜園などライフスタイルにまつわる記事やインタビューを手がける。『時代の変わり目を、やわらかく生きる』(技術評論社)、『自分に還る 50 代の暮らしと仕事』(PHP 研究所)など、著書多数。本屋の営業日はSNSで確認を。

インスタグラム @cocoro_no_honya

 


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