【特別編|57577の宝箱】宇宙には私だけ住む星がある 涙は海で、愛は光で

文筆家 土門蘭


ラジオ『チャポンと行こう!』のテーマソングの歌詞を、一緒に考えてほしい。「北欧、暮らしの道具店」の店長・佐藤さんからそんなお声がけをいただいたのは、ちょうど1年ほど前だった。

『チャポ行こ』はもともと愛聴していたので、お話をいただいたときはとても嬉しかった。もちろん断る選択肢などなかったのだけど、すぐ頭に浮かんだのは「私にできるだろうか?」という不安だった。歌詞を書いたことは、人生で一度もなかったからだ。

だけど、ぜひとも書きたい。『チャポ行こ』の世界観を、言葉で表現してみたい。まずは歌詞を書くための入門書をいくつか読んでみた。でもすぐに「こっちではなさそうだ」と感じた。自分の中から言葉を汲み上げるには、新しい道よりも慣れ親しんだ道を通った方がよさそうだな、と。

「歌詞を書く前に、まずは短歌とエッセイを書かせてほしい」と佐藤さんに伝えた。過去に連載していた『57577の宝箱』と同じ構成だ。その続きを書くように『チャポ行こ』について書いてみたい、そうして汲み上げた言葉たちから歌詞を紡いでみたい。そう伝えると、佐藤さんはすぐ快諾してくださった。

ここに掲載されているのは、そのときに書いた短歌とエッセイだ。できあがった歌のタイトルは、『わたしの星』という。

 

 

もともと私には、ラジオを聴く習慣がなかった。

話題の番組を試しに聴いたことはある。好きになったりおもしろく感じて数日聴き続けることもあったのだが、どれもいつの間にか聴かなくなっていった。理由は、聴くのに結構エネルギーを使うからだった。

ラジオから人の声が流れ始めると、部屋の中の空気が変わる。まるで自分の家にお客さんが来たようでおもしろいのだけど、いつもちょっぴり疲れてしまう。楽しく笑いながらも、心のどこかで「早くひとりになりたいな」と思うような……。

だけど、『チャポンと行こう!』は違った。
最初聴き始めたときは、お客さんを家に入れるような気持ちでどこか身構えていたのだが、2話、3話と聴くうちに止まらなくなった。聴き始めた時点で100話以上あったのだが、数ヶ月でほとんど聴き終えてしまった。

『チャポ行こ』を聴くのは、朝と夜だ。朝食や夕食を作るときやお皿を洗うときなど、スマホで聴きながら家事をする。今ではそれが習慣になって、聴いていないとなんだか耳が寂しく感じるほどだ。

§

『チャポ行こ』は、私がこれまで聴いてきたラジオ番組と何かが違う気がする。

まず、聴いていてもちっとも疲れない。例えるなら、水のような感じ。他のラジオ番組はお酒やコーヒーに近かった。アルコールやカフェインが効いているというのだろうか。ちょっと興奮して目が冴える。

でも『チャポ行こ』は逆で、聴いていると心が落ち着く。いつの時間でも、どんな状態のときでも聴けるので、まさに水のようにごくごく飲めてしまう。そして、いくら飲んでも体に悪い気がしない。むしろ聴けば聴くほど体にいいような気がする。

パーソナリティのお二人の声が好きなのもある。お二人とも耳に心地よい声だ。
それに、決して誰かや何かを否定することを言わない。リスナーさんからの悩み相談にも、意見を呈したり励ましたりしない。ただただ、「そういうことって、ありますよね」「考えちゃいますよね」「私も似たようなことがあって」と話す。それを聴きながら私も「確かに」と頷いたり、「そういえば私も……」と自分のエピソードを思い出したりする。

お二人が話し終わったあとも、その悩みは解決していない。だけど、悩みに対する気持ちは変化している。「なんだ、みんな同じようなことで悩んでいるんだ」「悩んでいていいんだ」と思う。

取るに足らないというのでもない、みんな一緒だというのでもない。ただ、悩みを悩みとして受け入れられるようになっている。そんなふうに悩む私たちが、なんだか愛おしい。

落ち込んでいるときなんかは特に、聴き終えるとふっと広い場所に出ているような感じがする。悩みやモヤモヤは消えていないけれど、それを抱えたまま、ひとりで星空を眺めているような。私はそのイメージを、美しいと思う。

§

『チャポ行こ』を聴き始めてから、私の中である変化が起きた。
それは、物欲が湧いてきたことだ。

もともと私は、そんなに欲が強い方ではない。あれが欲しいとか、どこに行きたいとか、あまり感じないタイプだった。でも『チャポ行こ』を聴くようになってから、ふつふつと欲が湧くようになって、欲しいものや行きたいところが増えていった。

なぜかというと、『チャポ行こ』のお二人が欲に素直だからだ。彼女たちは、自分が好きなものや気になるものをきちんと把握していて、それらを手に入れることを恐れない。

ナイキのスニーカー、デパコスのリップ、サーキュレーター、エッセイ集。
あごだし、わかめのふりかけ、6Pチーズ、紅茶のティーバッグ。
特急列車に乗って少し遠くへ行くこと、スーパーでキウイフルーツのぬいぐるみを見ること、花を飾ること、映画館に一人で行くこと、銀杏の葉っぱを踏みしめること……

「最近、これがすごく好きでさ」「これがあると、幸せな気持ちになれるんだよね」
そんな話を、彼女たちは楽しそうにする。その度「いいなぁ」と思うのだ。自分の好きなものやことをちゃんと知っていて、いいなぁ。
そして、私は自分に問いかける。私って、何が好きなんだろう?

次第に、彼女たちのおしゃべりに私も心の中で参加するようになった。
私は、ダリアとか芍薬とか大振りの花が好き。この作家さんの本は繰り返し読んじゃう。冷蔵庫に欠かせないのは長野のお味噌と杏ジャム。映画館には人と行くのが好き……
そんなふうにするうちに、私はそもそも欲が少なかったのではなく、自分の好きなものを意識してこなかっただけなのだなと気がついた。

第89夜「賃貸でも叶うインテリアのコツ。シンプルな空間に“好き”を足し算?」で、佐藤さんはこんなことをおっしゃっている。
インテリアのセオリーはあるけど、やっぱり『好き』を追いかけるのが一番いいなと思うんです。自分が何に違和感を感じて、何を好きで心地よいと感じるのか。そういう集積が何より大事だと思っていて……

それに対してよしべさんは、「自分の好みが何かを知るために、好きなもののストックがあるといいよってことなんですね」と返していた。

私はそのやりとりを聞いて納得した。彼女たちにはたくさんの「好きなもののストック」がある。その雰囲気は二人の間でも異なっていて、聴いているうちに独特の「佐藤さんらしい」「よしべさんらしい」が見えてくる。

それに釣られて、私も自分の「好きなもののストック」に光を当てるようになった。ああ、こんなのが私は好きなのか。知っていたのに、知らなかった。そんな目で周りを見ると、世の中に「好きなもの」を見つけられるようになった。もっと「私らしい」を知りたくて、私は自分の欲に手を伸ばす。

§

佐藤さんは第137夜「『好きの基準』ってある?大学生から恋愛にまつわるお便りが届きました」の中で、「好きになるのは、どこかの星でひとりで住んでいるような人。『ひとりの星』を持っているような人」と話していた。

ひとりの星。その言葉を聞いて、いつも『チャポ行こ』を聴き終えてから感じる印象を思い出した。悩みやモヤモヤを抱えたまま、ひとりで夜空を見上げるイメージ。

もしかしたら私はそのとき、地球からではなく「ひとりの星」から夜空を見上げているのかもしれない。よその星からの通信を聴いて、終わったらひとり夜空を見上げて、さあ明日もやっていくかと振り返る。
そのとき、私を迎え入れる私の星が「私らしい」場所であってほしいなと思った。『チャポ行こ』を通して生まれた欲は、その星作りに欠かせないサインなのだと思う。

好きな家具、落ち着く香り、何度も読む本、心地いいシーツ。
私は、自分でこしらえた星の中で目を閉じる。心身を癒し、回復させ、また明日からも私として生きていくために。自分を愛するってよくわからなかったけれど、もしかしたら自分「ひとりの星」を耕し豊かにすることなのかもしれないなと思う。

きっと、この広い宇宙では同じように「ひとりの星」を慈しんでいる人がいるのだろう。
そんな人たちに思いを馳せて眠りに落ちるとき、私はひとりだけど独りではない。

 

“宇宙には私だけ住む星がある涙は海で、愛は光で”

 

 

『わたしの星』を聴く

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1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 


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