【小さな趣味のハナシ】後編:欲張りだけど、どれも本当の私。星谷菜々さんの「好き」の広げ方
編集スタッフ 野村
仕事と育児と家事とを淡々とこなしていく毎日の中で、ふと自分の「好き」ってなんだっけ?と考えてしまう瞬間がありました。
日々小さく楽しみにしていることや、人に語れる趣味と呼べるものがあんまりないかもなぁと自分の中身がぽっかりと空洞になっている気がしたのです。
大人になってからの趣味や、自分の中の小さな「好き」ってどんなふうに見つけて育むものなんだろう? 漠然とそんなことが気になりました。
この特集では、日常の中に楽しみを見出すように趣味や好きなことを大切している方に、話を聞きに行きました。
前編では、手紙を書くことが小さな趣味、とお話してくれた中臣美香さんのお宅を訪ねました。
後編となる今回、お話を伺ったのは料理家の 星谷 菜々 さんです。
繕うと「もっと素敵になっちゃう」
菓子研究家としてレシピを提案するほか、自身のアトリエ「apron room」で料理教室や、自身で制作したバッグや雑貨の販売を行っている星谷さん。
好きなことに対して、まっすぐ素直でいる姿が印象的だからこそ、星谷さんは自分の好きなことに対してどう向き合っているのかお話を聞いてみたいと思いました。
星谷さん:
「アンティークの雑貨や古着の洋服などは、今にはないデザインがあって可愛いなぁと子どもの頃から心惹かれていました。
特にヨーロッパには憧れがあって、今も年に一度はどこかの国へ旅行に出かけて、アンティークマーケットに立ち寄ります。
マーケットでは器や洋服や古布などをたくさん買い込んで……。今日着ている服もマーケットで手に入れた古着なんです」
星谷さん:
「アンティークの洋服や雑貨は生地が繊細で弱くて、はじめから裂けていたり、穴ぼこがあいていたり、とダメージが入っているものも多くて。
でも可愛いデザインだから、ダメージがあるということだけで諦めるのはもったいないな、と思っていました。それじゃあ自分で直せばいいんだ、と繕い始めたのが、自分で手を動かして刺繍や裁縫をすることにのめり込んだきっかけのひとつですね。
仕方なくやる、というよりは、やるとさらに素敵になっちゃうなぁという気持ちで、作品作りのような感覚で楽しんでチクチクと手を動かしています」
針仕事は、じぶんの内面と向き合うもの
星谷さん:
「コロナ禍でぽっかりと時間ができた時、先のことがどうなるか分からない不安があったのですが、裁縫をしているとすごく落ち着けることに気がつきました。
刺繍や裁縫で作ったものって手元に残りますよね。毎日ちょっとずつ進めて、今日はここまで進んだ、次の日はここまで進んだっていうことが目に見えて分かると、『私はちゃんと生きている』という安心感が自分の中に芽生えて、落ち着けたんだと思います」
星谷さん:
「私の中で本業の料理は、『あれも作りたい! これも作りたい!』と、どんどんとアイデアを出して、外に向かっていくようなイメージなんです。
一方で、刺繍みたいにチクチクと自分の手を動かしていく作業は、自分の内面と向き合いながら静かに進めていくイメージ。
両極端な楽しみ方かもしれませんが、どちらも本当の私で。だからどちらも大事にしたいなと思うんです」
ずっとのめり込んでいなくても、「好き」でいていい
星谷さん:
「普段は料理のことで忙しくしていると、裁縫に充てられる時間はなかなか無いんです。でも夏は、湿気や気圧、暑さの影響でお菓子が傷みやすくて、販売もストップしている時期なので、1年の中では少し落ち着くタイミング。
だからこの時期になると、自分の中での裁縫ブームがやってきて、色んなものを繕うし、サシェやバッグなど雑貨を作ったりもしています。
私自身の整理整頓の時期という感じですね。『また夏になったら、きっと手芸をするから』とあれこれ溜め込んじゃっていた生地や自分の気持ちを整理整頓させながら楽しく針仕事をしていくんです。
自分の中の裁縫ブームが落ち着いてくるのが、だいたい秋頃。そこからはまた料理で忙しくして……。こんな具合に自分の興味関心の方向をコントロールしているのかもしれないです」
星谷さん:
「趣味のことは、夢中になれる時だけやれたらいいのかなと思っています。その気分が落ち着いたらお休みして。でもしばらくするとまた再開して。その繰り返しです。
刺繍や裁縫は、好きなことではあるけれど、一年中途切れなくやり続けていることではありません。でも『好きなこと』で、『大切にしたいこと』には変わりないなと思っています。
私自身は、菓子研究家という肩書きを名乗ってはいるのですが、自分ではあまり意識していなくて。
友人にも『菜々ちゃんを料理家って思ったこと一度もないよ。好きなことをやっている人、という感じ』なんて言われて。本当にその通りだなぁと思っちゃいました」
「お試し体験」も、すごく大きな一歩
星谷さん:
「何でもやってみよう、という気持ちは年齢を重ねるほどに素直になっていく気がします。今は英語で歌が歌えるようになったら素敵だなと思って、ネットで検索したジャズシンガーの先生にレッスンを受けています。
私が歌のレッスンなんてありえない!と思いつつ、お試し体験に行ってみたら、思いのほか楽しくて。そして、どの世界も新しい扉を開いてくれる先生は素敵だなあと改めて感じます」
星谷さん:
「一時期はダンスを習っていたり、割れた器を直したいから金継ぎ教室に通ったり、きれいなアルファベットを書けたらいいなとカリグラフィー教室に通ったりと、気になったことがあれば習いに行っていますね。
全て続けられたわけではないし、1回限りのワークショップに参加しただけのものもあるのですが、習いに行ったことに関して知識やできることが増えて、暮らしのふとした瞬間に活かされています。
一度体験したことは、自分なりに身になっていくのだと思います」
習い事は、ハードルが高いものじゃないんだ
星谷さん:
「こんな風に習い事って楽しいんだという刺激は、料理教室に来てくれる生徒さんからもらっているように感じます。
普段は仕事や家事に忙しくされている方が、ここに来るとそれを忘れられて楽しいんです、と言ってくださって。純粋に、お菓子をつくる時間や私のアトリエにいる時間そのものを楽しみに来られる方ばかりなんだと気づきました。
私自身は、これまで習い事は極めるためのもの、というハードルを感じていたのですが、そういう純粋に楽しむための一面もあることに気づけてからは、もっと気軽に色々なことにチャレンジできるようになった気がします」
***
星谷さんとの取材を通して、趣味や好きなことに対するイメージが少し軽やかに変化しました。
熱中してのめり込むからこそ、趣味や好きと語れると思っていたけれど。ずっと継続していなくても、深く知るところまで辿り着かなくても、好きと感じるならそのまま大切にしていっていい。
そんな風に、自分の中の小さな「好き」を育むヒントをもらえた気がしたのでした。
(おわり)
【写真】井手勇貴
もくじ
星谷 菜々
自身のアトリエ「apron room」にて毎月お菓子教室を開催するほか、
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