【受け継いだもの、こと】夏椿店主 恵藤文さん 後編:いくつもの職場を経験して、自分の中で気づいたもの
ライター 大野麻里
シリーズ「受け継いだもの、こと」。前編では「夏椿」の店主、恵藤文(えとうあや)さんに、幼少期のエピソードや、女性が社会で働くということに対する考えをうかがいました。
今回は、恵藤さんが会社員を辞めて、自分のお店を持つまでの話をお聞きします。
勤めていた会社が倒産、さてどうする?
新入社員として就職した会社のインテリアショップでは、新店舗の立ち上げや海外からの仕入れを担当し、毎日やりがいを感じていたという恵藤さん。しかし、ある日突然、思ってみなかったことが起きました。
まさかの、会社が倒産。入社して8年目、29歳の時のことでした。
その後、店舗ディスプレイの会社を経て、当時青山にあったインテリアショップ「アイスタイラ―ズ」の店舗立ち上げに参加することに。オープン後は、おもに生活雑貨の仕入れを担当していました。日本の生活雑貨の魅力に出会ったのもこの頃だと言います。
▲エアライングラスをイメージしてオリジナルで制作したうすはりグラス。当時はまだ、うすはりグラスがいまほど知られていなかった
恵藤さん:
「それまでは海外のものにばかり目がいっていたのですが、一緒に働いていたスタッフが帰国子女ばかりで、みんなの意識が日本のものに向いていました。
かごやおひつなど、日本のいいものを売ったら目新しくておもしろいんじゃないかって。当時はインテリアショップで、和のものはあまり売っていなかったんです」
作家や職人と一緒にオリジナルグッズの開発を手がけるようになったのもこの頃から。革やガラス、陶器などさまざまなグッズを生み出したそうです。
▲10年以上前に革作家の村上雄一郎さんと共同でつくった旅行カバン。内側のポケットを取り外して持ち運べる2WAYにこだわった
器に出会ったのは、自分のルーツでもある場所
▲九州の窯元をめぐった際に親戚にいただいたという思い出の器。欠けた部分は金継ぎをしながら、大切に使っている
二子玉川に新しい器の店(いまの「KOHORO」)をオープンさせるという話が舞い込んできたのは30代後半の頃。そこで店主をすることになり、お店で扱う商品探しを兼ねて旅行先に選んだのは九州だったそうで……。
恵藤さん:
「両親の出身がともに大分県なので、自分のルーツのあるところへ行ってみるのもいいなと思い、九州の窯元をめぐりました。
私の実家では、特別、誰かが器が好きというわけではありませんでした。でも、家には親が受け継いで使っていた、小鹿田焼きのお皿が自然とあったんですね。
幼い頃はそれらが小鹿田焼きであることも知らなかったし、興味もなかった。けれど、大人になってこの仕事をしてから『あ、これ!』って気づいて。これが、器の魅力を知るきっかけになったと思います。
実際に窯元を訪れてみると、日本の昔ながらの技法を使った作業を見るのが新鮮でした。川の水や地元の土など、土地のもので焼き物をつくる光景が印象深かったですね」
▲小鹿田焼きのつぼには、庭で採れた梅で梅酒をつくって入れている
会社に頼らず、自分の決断を信じてみよう
▲過去の仕事の資料を見ながら、私たちスタッフにお話してくださった恵藤さん
ここまで話をうかがうと、あることに気づきました。恵藤さん、これまでものすごくたくさんのお店の立ち上げに携わってきたんですね……?
恵藤さん:
「そうなんです。でも、何度も何度もそれを繰り返していると、どことなくむなしさも感じるようになってきていました。
店づくりや品選びをするまでが、私のおもな仕事でした。オープン後は人に任せると、店は次第にその人の空気感になっていくんですよね。もちろん、それはそれでいいのですが、変化に寂しさを感じることもあったりして。
それならば、自分でお金をためて、ゼロから自分でやってみたら違うかもって」
独立を決めた恵藤さんは、2009年に「夏椿」をオープン。生活や暮らしを表現できるようにと一軒家を探し、広い庭が付いた、いまの物件にめぐり合いました。
人生の節目となるような、40歳のできごとでした。
これから受け継いでいきたいもの、こと
今年で、「夏椿」は9年目を迎えます。
作家と相談して制作してもらう、この店にしかないものも増えました。陶器のティッシュケースや吹きガラスのワイングラス、コンパクトな革のお財布……、どれも小さな「あったらいいな」を叶えてくれる、恵藤さんのアイデアがかたちになっています。
恵藤さん:
「作家さんとお仕事すると『なんでこの幅なんだろう?』とか、小さなことに気づきがあり、おもしろいです。日本のよいもので、まだまだ世界に知られていないものはたくさんあるので、そういったものを後世に受け継いでいきたいですね。
いまは、ある程度、作家さんが安定してきたので、そろそろまた突っ走らなきゃと思っている時期なんです。
昔から付き合いのある方々と深く付き合って、お店と作家でともに成長していくことは相乗効果も生まれるのですが……。新しいものやこと、人にも出会い、新たなチャレンジもしていけたら、と」
▲最近、自宅でよく使っているお気に入りの器。日々使うことでそのよさにも気づくという
20代、30代、40代……。駆け抜けてきたこれまでを振り返って、「仕事しかしてないですね、私」と恵藤さんは笑いました。その言葉は決してネガティブなものではなく、「人生が楽しい」という気持ちが、あふれているのが見てとれます。
恵藤さん:
「年をとってからの方が、さらにおもしろいです。
たとえば、お店に桜の木でできた器があるのですが、使っていくうちにしっとりとした飴色になっていく経年変化のよさをご説明できるのは、私が年をとったから。20代のひとり暮らしでは、こういう提案はできなかったと思うのです。
変化していくものの魅力を、私も生活しながら、もっと伝えていけたらと思います」
まるで大きな器のようにゆったりと構え、初めて来た人も、何度も訪れるお客さんも、分け隔てなく温かくもてなすその姿勢は、人生の先輩として美しく輝いて見えました。
年をとることに、不安やつまらなさを感じるのはもったいない——。
過去を振り返ったときに、いつでも「いまが楽しい」と思えるような、人生が送れたらいいな。恵藤さんと話をしていると、そんな風に、これからの生き方を励まされたような気持ちになりました。
(おわり)
【写真】小野田陽一
恵藤文(えとう あや)
東京生まれ。青山のインテリアショップで雑貨仕入れを担当。作家と共同でつくるオリジナルグッズなどを手がけた。2005年、器と雑貨の店「KOHORO」の店舗立ち上げを経て、2009年には、自身の店「夏椿」をオープン。普段はひとりで店を切り盛りし、月ごとに企画展やイベントを開催している。http://www.natsutsubaki.com
ライター 大野麻里(おおの まり)
編集者、ライター。美術大学卒業後、出版社勤務を経て2006年よりフリーランス。雑誌や書籍、広告、ウェブなどで企画・編集・執筆を手がける。ジャンルは住まいやインテリア、ライフスタイルなどの暮らしまわり、旅行、デザイン関係などが中心。現在、夫とふたり暮らし。
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