【金曜エッセイ】あの頃、たしかに眺めたはずの「夜明け」を忘れる(文筆家・大平一枝)
文筆家 大平一枝
第八話:夜明けを忘れる
学生時代、イベントの準備で徹夜をしたり、寮で仲間とひと晩語り明かすことがよくあった。あのころ、夜明けは、今よりずっと私の身近にあった。
昨夏、久しぶりに執筆で幾晩も徹夜をした。パソコンから目を離すと、いつのまにか外がぱっと明るくなっていた。
学生時代は、カーテン越しに空は “しらじら” 明けていた。
おしゃべりのネタと、時間だけがいつでもたっぷりあった。だから、ゆっくり夜が明けていくのを、見届けることができたのだろう。
しかし、宵っ張りの癖は、あの頃と変わらない。寝る間際のほとんどの時間が、ラジオや本から、スマホに使われることだけが大きく違う。
ふと、私はこの小さな端末なしに、夜が更けるのをやり過ごせない体になっていやしまいかと、不安になる。
いたずらに、携帯電話を悪者にするつもりはない。便利な働き者で、手放せないのは事実だ。
だが、深夜0時過ぎ、小さな画面を操作していると信じられない早さで30分、1時間が過ぎてしまう。本を読んだら頭や心に何かが残るけれど、スマホで得た膨大な情報は、脳の中をすりぬけてゆくような感覚がある。何もとどまらないし、残らない。
その結果、きまってほんの少し、自己嫌悪に陥る。ああ、私は今日も夜更けまでスマホに時間をからめとられてしまったと。自分の意志で、使っているのに。
先日、高校生の娘と双子座流星群をみるため、深夜1時にマンションの屋上に寝転がった。強い寒気のため、毛布を体に巻く。
しばらくすると1本、2本。シューッと星が流れる。娘が「ひゃあ!」と声を挙げる。
30分もしないうちに、彼女は立て続けに3本見つけた。ところが傍らの私にはいっこうに見えない。あ、と娘が声を挙げたときには消えているのだ。
だんだん焦る。
立ち上がって背伸びをしたり、場所を変えたり、目を細めたりするが、見つからない。
次第に、ただじっと待っていると、手持ちぶさたで退屈になった。寒さも骨にしみる。私はとうとう「帰ろう」と、腰を上げた。
「え、いいの? キレイだからもう少し見ようよ」と娘。
「待ちきれないし、もういいよ」
ふといくつもの問いが浮かんだ。
しらじらと明ける夜を何度も見届けたあの頃の私なら、待てただろうか。何本も、流れる星をみつけられたのではあるまいか。
答えのない広大な夜空をただじっと見つめる、その時間をやり過ごせなくなっている自分にぎくりとする。刻々と変わる情報が詰まった端末のスピードに慣れすぎてしまったせいだろうか。
とするなら、携帯世代の娘には、なぜ見えたんだろうか。しらじらと明けてゆく時間に流れていたものと、若さは関係あるんだろうか。
自然を相手にしたとき、少し前の私はもっとおおらかだった。答えのないものに身を委ねるゆとりが目減りしている。
流星の夜、待てない自分を少し淋しく感じた。
書きながら気づいたが、年齢やスマホのせいにしている自分もちょっと恥ずかしい。
次は8月のペルセウス座流星群らしい。流れる星を、私は見つけることができるだろうか。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。失われつつある、失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『dancyu』『Discover Japan』『東京人』等。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話』(誠文堂新光社)などがある。朝日新聞デジタル&Wに、『東京の台所』(写真・文)連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)、二児の母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
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