【金曜エッセイ】家族でも、恋人でも。感謝の気持ちは、どうしたって忘れがち?(文筆家・大平一枝)

文筆家 大平一枝


第十四話:「ありがとう」の魔法


 

 恋人でも夫婦でも、一緒に過ごす時間が長くなると、忘れやすくなるものがある。感謝だ。
 付き合い始めたころは、連絡をくれてありがとう、誘ってくれてありがとう、私を好きになってくれてありがとうと、世界はバラ色で、なにもかもが嬉しいのに、いつしか傍らにいることがあたりまえになり、感謝を忘れてゆく。

 そのうち、メールの返信がない、遅い、あるいは自分はこんなに書いたのに相手は短いとか、連絡ひとつとっても感謝どころか要求や不満が増えていく。
 つくづく人間というのは忘れっぽい生き物だなあと思う。

 感謝は大切。こんな言わずもがなのことを、あらためて考えたのにはきっかけがある。

 それは、大学生の娘の、こんな一言だった。生まれて初めてのアルバイトで、飲食店のホールスタッフをしている。先日、帰宅後、疲労のにじむ表情で、つぶやいた。
「お水ひとつにも “ありがとう” って言ってくれるお客さんと、こちらに見向きもせず話しこんでいるお客さんがいるの。スルーされると、自分が透明人間になったみたいで、ちょっと悲しくなる。逆にありがとうって言われると、本当に嬉しくて疲れもふきとぶ。自分が外食をするときは絶対ありがとうって言おうと思ったよ」

 はて、私はふだん、そういう場面できちんと礼が言えていただろうか。心のどこかで、客だからサービスしてもらってあたりまえと、思っていやしなかったろうかと、心もとなくなった。

 アルバイトを始めてから、彼女は少しだけ変わった。ささいなことでも「ありがとう」が増えた。
 昨夜も、仕事で遅くなるので、ハンバーグの作り置きをしておいたら、スマホアプリのLINEに「ありがとう。めっちゃおいしかった!」とメッセージが打ち込まれていた。なるほど、たしかに疲れも吹き飛ぶ。家族でも、「ありがとう」の5文字は、こんなに嬉しいものなのか。
 そこからあれこれ振り返り、冒頭の思いに至った。

 口にするだけで相手の疲れが消えるとは、魔法の呪文みたいではないか。
 家族でも、名も知らぬ人でも。言わなくても伝わるだろうと、決めつけないほうがよさそうだ。
 誰かが何かをしてくれるのはあたりまえではないというあたりまえのことを、忘れないでいよう。

 
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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)の母。

▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」

▼本連載の過去記事はこちら

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