【私にちょうどいい美容】最終話:“ちょうどいい” は、自分にしか見つけられない。

美容ライター 長田杏奈

やさしく肌に触れたり、好きな色で彩ったり。暮らしに美容を取り入れることで、心地よい瞬間が増え、自分と仲良くなる手助けになる。この連載は、美容に対してどこか遠ざかり気後れしがちな人にも親しめる、新しい「ちょうど良さ」を考えながら書いてきました。

最終回となる今回は、先入観や美意識を少しストレッチ。窮屈な「こうでなければ」から自由になり、自分に向ける眼差しを和らげるきっかけになればうれしいです。

 


第6話:完璧じゃないほうが素敵という価値観


 

私の好きな日本語に「やつす」という言葉があります。

例えば、古典文学の『源氏物語』で、スーパー貴公子の光源氏が庶民の家をお忍びで訪ねるシーン。見るもまばゆい殿上人の一張羅では目立ってしまうので、わざわざ簡素で地味な装いに「やつして」出かけます。もっと分かりやすい例でいうと、遠山の金さんや、水戸黄門がそうです。いかにも立派な出で立ちではなく、あえて質素な見た目に装うのです。飾り立てずに、わざわざ「やつす」感覚、余裕があって粋な振る舞いだなと感じます。

こと美容に関しては、いつも綺麗にしているのがいいことで、ササッと適当に済ませるのは悪いこととされがちです。でも、毎日フルコースを準備するのではなく、さらっとお茶漬け的に済ませるような日があってもいいと思いませんか? 時間がないからとりあえず眉だけ描いたという日に、「眉しか描けなかった私」ではなく、「今日はあえてやつしてみた私」と、その全力じゃなさをよしとすると、気が楽になります。「やつす」の美学と知恵は、現代を生きる私たちの暮らしにも都合よく取り入れることができるのです。

もうひとつ、気に入っている感覚に「侘び、寂び」があります。

茶道で尊ばれるお茶碗は、左右対称の精緻で豪華な絵付けを施した磁器ではなく、なんだか歪んだりムラがあったりちょっと欠けたのを直してあったりするもの。そういう不完全さに、風情や清らかさ、無限の小宇宙を見出す美的感覚が「侘び、寂び」です。金閣寺ほどの派手さはないけれど、銀閣寺もまた味があって渋いと思うあの感じを、自分にも当てはめると、発見があるかもしれません。

仕事の関係で、プロにメイクしてもらう機会があります。

コントロールカラーで色むらやくすみを整えて、シミやクマはコンシーラーで隠し、毛穴も小じわもカバー力の高いファンデーションで完璧にカモフラージュ。ありとあらゆるテクニックで、目は倍ぐらい大きく。チークで血色よく、ハイライトやシェーディングでメリハリを強調し、唇はぷるんとツヤツヤに……。すべてのアラを隠し、パーツの可能性を最大限に引き出す、プロの技は本当にすごい。普段よりずっと見映えがしていることでしょう。

しかしその一方で、なんとなく居心地が悪く「これは誰?」と感じてしまう面があるのです。思うに、いろいろなアラと一緒に、古毛布のようにくったりと馴染んだ見慣れた何か、私を私たらしめている顔のニュアンスが消えてしまっているから、どこか決まり悪く感じてしまうのでしょう。

本当の意味でその人に似合うメイクを見つけてあげられるのは、この世に自分たった一人しかいないのだと思うのです。毎日どんな暮らしをしていて、何が好きで喜び、どう生きていきたいのか。自分をいちばん知っていて、それにぴったりフィットする美容を提案できるのは、他ならぬ私自身。

時にたどたどしくても、自分で「これがいい」と選んだこと、やってみたことはすべて、何ものにも代えがたい味わいを醸成してくれるはずです。

有名なパンクバンドの曲に、「ドブネズミみたいに美しくなりたい。写真には写らない美しさがあるから」という歌詞がありますね。ドブネズミは極端ですが、写真に写らない美しさというものは確かにあると断言できます。みんな、証拠の見せられない美をもっと信じて、もっと目を凝らしてみてもいいんじゃないか。私はそう思います。

写真や鏡の中の自分が、パッとしないなと思った時。現実から目を背けず、客観的に見ろという意見もあるかもしれません。が、私は「鏡も写真も信じずに、まずは毎日を生きている健気さに宿る美を信じて」と言いたい。困っている誰かに手を差し伸べたり、帰り道の風の気持ちよさや夜空に浮かぶ月に「いいもんだ」と目を細めたり。そういう優しさやみずみずしさは、本人には見えない雰囲気や空気としてその人の魅力を作っています。もっというと、どうにか生きているというだけでも、よく見れば命の健気さがキラキラと舞っています。写真にも鏡にも映らないから、証拠は差し出せませんが、信じてもらえますかね?

「私にちょうどいい美容」は、他ならぬ自分にしか見つけられないもの。自分ならではの美しさというものにすぐには気づけなくても、目に見えないチャームを信じて「いろいろあるけど、好きだな」と味方でいてあげてください。

(おわり)

 

【写真】安川結子

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長田 杏奈(おさだ あんな)

美容ライターとして「MAQUIA」、「BAILA」、「SPUR」など多くの女性誌で記事を執筆。プライベートでは息子 (11歳)と娘(9歳)を育てる。モットーは「美容は自尊心の筋トレ」。趣味は美容、園芸、セレブウォッチ、女子プロレス観戦、禅、北欧ミステリー。Instagram:@osadanna

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