【40歳の、前とあと】 第1話:私には「突出する何か」がない。10代でわかったからこその潔さ

ライター 一田憲子

自分が何者なのか、どんな仕事がしたいのか、何が心地いいのか……。正解がわからずに、とにかく目の前のことにがむしゃらにぶつかる20〜30代。

体当たりの経験値が増え、そしてようやく自分が見えてくるのが、40歳という年齢なのかもしれません。

連載『40歳の前と、あと』では、今キラキラ輝いて活躍している女性に、その境目となる「40歳」という年齢をどう迎えたか、40歳以前と、40歳以降に、なにがどう変わったのか、お話を伺ってみることにしました。

第6回でお話を伺ったのは、音楽家の良原リエさんです。

 

「こうじゃなきゃ」ではなくて「できること」を探す

良原リエさんと初めてお会いしたのは、某雑誌のインテリア取材でした。知人に、「古い家に手を加えて面白く暮らしている人がいるよ」と紹介してもらって訪ねてみると、カラフルな壁に彩られたご自宅は、他のどんな家にも似ていない、まさにリエさんオリジナルのセンス。しかも、庭では野菜やハーブを育て、料理もお得意。

なんだ、なんだ?この人は?

DIYも得意だし、庭作りへの情熱は半端ないし、料理の腕はプロ級だし、おもてなし上手! 音楽家でアコーディオニスト、トイピアニストという本職の他にも、好きなことがいっぱい! 得意なことがてんこ盛り! とびっくりしたことを覚えています。

そして、「好き」となったら、何事にも溢れるほどの情熱を注ぐことが、リエさんの人生の歩み方だったのだと、今回お話を伺って知りました。

▲壁をペイントしたり、木箱にペンキを塗って本をディスプレイしたり。DIYも大好き。

昨年、私はリエさんが出演されていた、大竹しのぶさん主演のミュージカル「にんじん」を見に行きました。リエさんから、アコーディオンで出演するのでよかったら、とご招待いただいたのでした。

てっきり隠れた場所で演奏されるのかと思いきや……。途中で、舞台に楽隊とともにアコーディオンを弾きながらリエさんが登場!大竹しのぶさんの立派な「共演者」としての姿に、なんだか私まで晴れがましい気分になったのでした。その他映画「ターシャテューダー 静かな水の物語」では音楽を担当。ミュージシャン、コトリンゴさんたちと組んだユニット「toi toy toi」では、テレビアニメの劇伴を手がけるなど、活躍を続けられています。

そんなリエさんに、どうやって音楽を始めたのですか?と聞いてみました。

良原さん:
「3歳の時におじさんがトイピアノをプレゼントしてくれて、弾き始めたのが最初です。ピアノをやりたいなと思ったけれど、親が音楽にあまり興味を持っていなかったので、すぐには習いに行かせてくれなくて。友達にバイエルを借りて、自分でトイピアノで練習していました。

念願叶って初めてピアノを習いに行った時、『何か弾ける?』と聞かれたので、ずっと練習してきたバイエルをその場で弾いたら『わあ、すごいわねえ』と褒めてもらって嬉しかったなあ。それでも、ピアノは買ってもらえなくて、家でトイピアノと紙鍵盤で練習して、先生のところへ行ってぶっつけ本番でピアノで弾く、っていうのをしばらく続けました」

こんなふうにリエさんは、いつも「こうじゃなきゃ」を飛び越えて「できること」を探して夢中になる、という人生を送ってきたよう。その根っこには、いつも「これが大好き!」と夢中になる熱量がありました。

 

「突出する何か」が、私にはなかった

▲自宅には、キーボードをはじめ、トイピアノなどの楽器があちこちに。

良原さん:
「そのうちに、中学に入って洋楽を知って、どんどん音楽が生活の一部になってきました。

当時ずっと聴き続けていたのが、ビルボードの1位〜40位を全曲紹介する『アメリカントップ40』という番組です。3つのテレビ局やラジオ局で放送されていたので、それを全部チェックして、メモしていましたね。おかげで英語の成績がずいぶん良くなりました(笑)

当時私はテニス部だったんですが、朝5時起きで朝練に行って、夜中はラジオを聴いてチャートをチェックし、ほとんど寝ないまままた5時に起きて……っていう生活でした。

高校に入ってからバンドを組んでコンテストに出るようになりました。ちょうどガールズポップが流行った時代ですね。オリジナル曲があれば、全国大会にも応募でき、商品がすごく豪華だったんです。洋服だったり、車だったり。それが嬉しくて。小さい大会では優勝したりもしていました」

▲16歳の頃、初めてのライブに出演した写真

そんなに音楽が好きだったのなら、当時からプロを目指していたのでしょうか? すると、意外やリエさんからは、冷静な答えが返ってきました。

良原さん:
「いえいえ。バンドである程度の成績は取れるんですが、上には上がいることもわかっていました。そこそこの成績は残せても、『突出するなにか』が私にはない。

本当に残っていく人たちは、演奏がうまいだけじゃなく、もう本当に個性が豊かなんですよ。持って生まれた人間的な面白さがある。この人は絶対にスターになるしかないよね!っていう輝きがある。

私にはそれがありませんでした。これで一生やっていくような才能はないなってわかっていたんです」

音楽以外のもう一つの何かを考えた時、思い出したのが、あの「アメリカントップ40」を聴いていた時に培った英語力でした。大学では英米文学科に入学。ところが……。

良原さん:
「ここでも、得意だと思っていた『英語』だったのに、周りはほぼ帰国子女か、すでにホームステイや留学の経験者。みんなペラペラな状態で大学に入ってきていたんです。『あ、この場所にも私は必要ないな』って思っちゃいました。

でも、ウジウジ悩んでいたって仕方がない。自分ができることをやらなくちゃって、英語教育を専攻。自分で話すより、どう教えるかってところを学ぶことにしたんです」

すると、バンド活動が、英語教育を助けてくれることに……。

 

こんなに頑張った、時間を割いた、は関係ない?

▲ダイニングの隅にあったのは、「ピアノルガン」という名前の電子ピアノ

良原さん:
「ずっとバンドで人前に立っていたので、ステージに上がるように教壇に上がり、すごくスムーズに授業をすることができたんです。同級生たちには緊張しちゃってうまく話せない人もいるんですけど、私は場数を踏んできたので……。

それで、『英語の先生』っていう道もあるかなと、頑張って勉強しました。教育実習に行ったら、絶賛されて、私の模範授業を他の先生たちがズラッと並んで見にきてくれたんです」

そんなにも評判になった授業って、何が違ったのでしょう?

良原さん:
「ステージ上での度胸というか、立ち振る舞いですかね? 面白い授業にしようと思っていたので、定型で教えるのではなく、プリントも全部独自で作って、その例文がちょっとエロいとか(笑) そんな変なことばかりやっていたので、準備も期間もずっとまた寝られなくて」

ところが……。結局、良原さんは英語教師になることを断念します。

良原さん:
「先生って人の上に立つ仕事でしょう? 教育実習の時にすごく感じたんですが、生徒は私が言うことを全て正しいと思っちゃうんですよ。それが怖くなっちゃって……。

何の社会経験もなく、このまま先生になっていいの? 私はイギリスにもアメリカにも住んだことがない。ホームステイもしていない。この状態で英語を教えて、そうしたらみんながこんなにも私の授業を面白がってくれて……。その怖さを思うと、サ〜ッと気持ちが冷めてしまったんです」

バンド活動の時も、教師になろうとした時も、リエさんの夢中になりっぷりは驚くほどでした。なのに、あっけなくそれを手放してしまう……。

「ここまで頑張ったのだから」「こんなに時間を費やしたのだから」「みんな評価してくれているのだから」。そんな計算は皆無で、「違う」と思った途端、くるりと踵を返して反対方向を向いて歩き出す。

潔いといえば潔いけれど、お話を聞きながら「なんてもったいない!」と思わず声に出しそうになりました。積み木を積み上げて、もうすぐ完成というところまで来ては、ガシャンと自分で壊してしまう……。それは、この後ミュージシャンとして活動するようになっても変わらなかったそうです。

でも、若い頃、こうやって打算や計算ではなく、目の前にやってきたことに対して120%の力を出し切るという経験は、直接的ではなくても、その後の人生を必ず下支えしてくれるのだと思います。

良原さんの生き方は、徹底的に非効率でした。次回、いよいよプロとして活躍し始めた音楽活動について伺います。

(つづく)

 

【写真】鍵岡龍門


もくじ

 

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良原リエ

音楽家。アコーディオニスト、トイピアニスト。トイ楽器奏者として、映画「ターシャチューダー 静かな水の物語」をはじめ、TV、アニメ、CM、ミュージカルなどの演奏、制作に関わる。著書に「たのしい手づくり子そだて」(アノニマ・スタジオ)「トイ楽器の本」( DU BOOKS)など。Instagramのアカウントは『@rieaccordion』 http://tricolife.com/

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ライター 一田憲子

編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/


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