【特別記念エッセイ】01:『真夜中の絆創膏』長男8歳、長女4歳のころ(文筆家・大平一枝)

文筆家 大平一枝


『真夜中の絆創膏』


 

長男8歳、長女4歳

 そんなこと恥ずかしいから書かないでよ、と息子に叱られそうだが、いまだに家族四人、ひとつの部屋で寝ている。しかも、二十一時や二十二時に、子どもと一緒に就寝する。

 家中真っ暗にして、いったん寝て、子どもの就寝を確認した後、私だけもそもそと起きだして、テレビを見たりパソコンに向かう。そういう生活がもう十年も続いている。
アメリカ人を夫に持つ高校時代の友は、「子どもと親が同じ部屋で寝るなんて、絶対おかしいよ。信じられない」と真剣に驚いていた。たぶん、彼女の方が正しい。もういいかげん寝室は別にしないとと思いながら、ずるずるとやりすごしている。

 仕事がたて込むと、二十一時に一緒に熟睡して、朝三時や四時に起きて原稿を書く。早朝は電話が鳴らず、集中でき、夜、子どもを寝かせるのときも焦って叱りつけたりしなくてすむ。絵本を読んだり、布団のなかでおしゃべりを楽しみ、ゆったりした気分で入眠できる。

 就寝時、たいてい夫は仕事でいないので、娘と息子が私を挟む形で、三枚布団を並べる。その日の絵本を選ぶのは娘の係。
「ママと寝てるなんてダサイよな」とか「そんな絵本読み飽きた」とか言いながら、息子はしっかり私の横に枕を持ってくる。本を読み終わると、「今日学校でね」とか「保育園の○○ちゃんが」とか、どうでもよさそうな話が脈絡なく続く。そして、息子の寝息、娘の寝息が順に聞こえ、夜の静寂がおとずれる。

 本当は、あのドラマも見たいし、メールもチェックしたい。夕食の片づけも残っているし、洗濯物も干しておきたい。子どもと一緒に床につくのはめんどくさいなぁと思いながら、この生活リズムを崩せないでいる。十五年前のあのときと同じだなあ、と思いながら。

 十五年前。私は児童養護施設に勤めていた。
三歳から十五歳までの保護者の養育に欠ける子どもたちの保育士をしていた。
十人ほどを二人の職員で担当していて、朝から晩まで忙しい。身の回りの世話をしながら、宿題も見る。昼間は幼児の保母に。夜は小中学生の母役もやれば、相談相手にもなる。ついこの間まで学生だった身で、いきなり十人の母親役をやるのだから無謀としかいいようがないが、若さだけで乗り切っていたように思う。

 たしか二十一時が就寝だった。
遅番勤務を終え、家に帰ろうとするころにかぎって、寝付けない子が「先生、バンドエイド貼って」と言う。

 うっすら、目を凝らさなければわからないような傷を見せる。医務室に連れて行くのは面倒だし、早く寝て欲しい一心で、最初は「こんな傷で絆創膏なんて必要ないよ」と諭していた。しかし、そう言ってくる子が週に何人か、必ずいる。ため息をついている横で、あるとき先輩の指導員がそっと教えてくれた。
「傷が痛いんじゃなくて、甘えたいだけなのよ」
医務室で一対一で向き合って、保育士を独占できる数分が欲しいだけ。
なんだ、そうだったのかと思ったら、おもしろくなった。

 案外タフに見える子が「せんせ〜、バンドエイド〜」と、のっそり起きあがってきたりする。今日は君か。おーし、まかせなさい。絆創膏の一枚や二枚で、満足して眠りにつけるのならお安いご用。
「おお、痛かったね。これでどう?」

 わざとゆっくりバンドエイドを貼ってあげるときの、子どもの嬉しそうな顔。そうしていると、「今日学校でね」と、とりとめもない話が始まったりする。そのとりとめのない話のなかに、彼や彼女の「今」がリアルに詰まっていることに気付いた。

 つまり、二ミリくらいしかない傷は、保育士を医務室で独占できるバックステージパスのようなもの。そして、真夜中の絆創膏は、寂しさのバロメーターだった。
今、母親になって、寝室を別にできない自分をもどかしく感じつつも、布団のなかでとりとめのない話をする何分かを愛しく思う。ああ、これはあのときと同じ、真夜中の絆創膏。かけがえのない時間がここにある、と。

『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房 2018年9月14日発売)より

 

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【イラスト】ミヤギユカリ

 

もくじ

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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)の母。


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