【わたしの転機】後編:自分も家族も、機嫌よくいられる働き方を探して。(nuno.デザイナー・泉谷恭子さん)

ライター 長谷川未緒

デザイナーとして、オリジナル服を制作している「nuno.(ヌーノ)」の泉谷恭子(いずみやきょうこ)さんに、「人生のターニングポイント」を前後編の2話連載で聞いています。

前編では、美容師を経て、出産を機に専業主婦になったこと、子どもとふたりだけの生活に行き詰まり、働きはじめたこと、服作りをはじめたことを伺いました。

つづく後編では、デザイナー活動をはじめるに至った経緯を語っていただきます。

 

趣味の服づくりが仕事になったきっかけ

▲最初の受注会で発表したブラウス。

泉谷さん:
「自分でデザインした服を着て骨董市をぶらぶらしていたら、『その服、どこのですか?』とお店を出店している方に聞かれたんです。『自分でつくったんです』という話から、材料費だけいただいて、つくってさしあげることになりました。

じつは、自分でつくったと言うのが、最初ははずかしかったんです。よく見たら粗もあるし、自分の満足のためだけにつくっていたので。でもこのときは、つくってほしいとはじめて言われて、うれしかったんですよね。

テンションがあがって『このまま大人気になったりして』と思ったりしましたが、1着つくっただけで、何も起こりませんでした。別に浮かれるほどのことじゃなかったなと少し落ち込みましたが、そのあとも生徒たちから『かわいい』と言ってもらえたり、たまにひとから褒められることがあって、それが自分のモチベーションになりました」

 

大人だって、褒められたい

ときどき友人のためにつくることはあったものの、相変わらず自分のためだけにつくっていた泉谷さん。しかし、思いがけない展開につながる出来事が起こります。

泉谷さん:
「よく足を運んでいた参宮橋のセレクトショップ〈アバヌ〉のオーナーさんが、『その服、かわいいね。お金を払うから、わたしにもつくって』と言ってくれたんです。代金をいただくなんておこがましいという気持ちがあったものの、やっぱり褒められたことがうれしくて、つくらせてもらいました。

その後、『受注会という形で、お客様に提案してみませんか』とお声がけいただいたんです。オーナーさんがわたしがつくった服を着てお店に立っていると、ほしいと言ってくださる方がいたみたいで」

泉谷さん:
「はじめはお断りしました。販売する自信なんてないし、だれもお客さんがこなかったら申し訳ないし、講師の仕事も育児もあるから時間がとれるかもわかりません。でも『いいものだから、ぜひやったほうがいい』と背中を押してくださったんです。

そこまで言ってもらえたのだから、やってみようと。第1回目の受注会はブラウスとワンピースの2型でオーダーを受けたところ、驚くほどたくさんの注文が入ったんです。これは奇跡だ!と思い、半年くらい睡眠時間を削ってつくり続けました。

つぎのことは全く考えていなかったのですが、翌年も受注会を開いていただけることになり、そのときはサロペットをデザインしました。ありがたいことに、それも想像以上に好評をいただきました」

 

子どもが小学生に。帰宅が早まり、働き方を見直した

服づくりは楽しく、無我夢中でつくり続けたものの、育児と講師の仕事で時間がとれず、寝不足の日々。納品が遅れることへの申し訳なさも募りました。ちょうどそのころ、子どもたちの生活も変化を迎え……。

泉谷さん:
「子どもたちが小学生になって、帰宅時間が早まったり学校に行く用事が増えたりして、働き方を見直したいという気持ちが強まっていました。

服づくりは形に残る喜びがあり、評価を得られることもうれしかったですし、なにより時間の融通がきくので、子どもたちと過ごす時間をとれるなぁ、と。講師を辞めてnuno.の活動1本にしたいと思うようになりましたが、講師の仕事は好きでしたし、収入が減ることも不安で……。ふだんあまり悩まないタイプなのですが、このときばかりは、もやもやと1年近く悩み続けました」

 

なによりも、大事にしたことは

このとき背中を押してくれたのは、夫でした。

泉谷さん:
「夫に『いちばん大事なことを優先したら?』と言われたんです。この言葉で、いまいちばんやりがいを感じる服づくりに精一杯取り組もうと決断することができました。

知り合いから、以前つくった服のお直し依頼があったことも、後押しになりましたね。服づくりには生み出す喜びに加え、大切に着てもらえていると実感する喜びまであったんです」

講師の仕事を辞めて、服づくりをメインにして1年ほどが経ちます。現在の心境は?

 

やりたいことと、求められることのバランスに葛藤も……

泉谷さん:
「収入面では講師の仕事を補うには至っていませんが、いちばんやりたいことをすると決めて、良かったと思っています。

もちろんたいへんなこともあって、たとえばオーダーを受けすぎてパニックになってしまい、ポケットに手が入らない服をつくってしまったり(笑)、逆に、ちっともオーダーが入らず、落ち込んだり……。

nuno.の服というと、リネンに刺繍、というイメージがあるお客様が多いのですが、異素材や新しいデザインにもチャレンジしたいと思っているんです。自分がやりたいことと、求められることのバランスには、つねに葛藤があります」

泉谷さん:
「でもそんな苦労や葛藤も含めて、充実しています。

最初は『家にいるのに仕事?』と困惑気味だった子どもたちも、『これがママの仕事』といまでは理解してくれていますし、わたしが布に触れて機嫌よくいることで、彼らも満足そうなんですよ。屋根裏部屋をアトリエにしているのですが、わたしがこもっていると邪魔せず、そうっとしておいてくれます」

 

自分と家族、どちらも健やかでいられる道を

泉谷さん:
「子育てしながら仕事をしていると、少なからず、子どもを犠牲にしていると感じることがあるんですよね。でもそういうときも、自分ががまんしたり無理したりして働く姿ではなく、好きなことを目一杯している姿を子どもたちには見せたいなぁ、と。たとえずっと一緒にいてあげられなくても、わたしが機嫌よくいることで、家族も幸せなんだとあらゆる場面で実感してきました。

服づくりは独学なので、時間もかかるし失敗もしますが、育児と両立できる範囲で、届けたいひとにきちんと届くように、これからもつづけていきたいです」

出産・子育てという人生の節目に、好きな仕事を手放したり、育児と両立できる仕事を探したり、働き方を見直し続けてきた泉谷さん。その先にはいまの暮らしを充実させるnuno.としての活動がありました。

変化を恐れずしなやかに、自分の気持ちに正直に向き合う強さが、満足のいく道につながっていくのかもしれません。

(おわり)


もくじ

【写真】木村文平

泉谷恭子さん

デザイナー。長野県生まれ。美容師専門学校を卒業後、美容師に。出産を機に専業主婦を経て、美容師専門学校の講師として働く。子ども服づくりをきっかけに自身の服をつくったことから、「nuno.(ヌーノ)」として活動をはじめる。著書に『自由に遊ぶ、ヴィンテージライクな服』(文化出版局)がある。http://nuno.base.ec。インスタは@______nuno_。

 

ライター 長谷川未緒

東京外国語大学卒。出版社勤務を経て、フリーランスに。おもに、暮らしまわりの雑誌、書籍のほか、児童書の編集・執筆を手がける。リトルプレス[UCAUCA]の編集も。ともに暮らす2匹の猫のおなかに、もふっと顔をうずめるのが好き。


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