【隣の芝が青くても】後編:悩みは、あなただけの「特別な視点」

編集スタッフ 田中

隣の芝が青いと言っては、落ち込む。「等身大のままでいい」「みんなだって同じ」と分かってはいても、なかなか気持ちを切り替えられない自分を少しでも変えたくて、企画した今回の特集。

「誰かと自分を比較して落ち込んだら、どうしていますか?」

こんな質問からインタビューは始まりました。前編に続き、東京・町田市にあるしぜんの国保育園の園長、齋藤美和さんにお話を伺います。

後編では、37歳の今、美和さんが「隣の芝が青くみえる」感情とどう向き合っているかを聞きました。

 

今でも隣の芝は青くみえるけれど

昨年秋に、園長に就任した美和さん。園長になる前も含めて、この数年は無我夢中の日々。あまりにも目まぐるしくて、体に不調を来してしまったこともあったそう。

美和さん:
「今だって隣の芝は青いままです。しぜんの国と名前のつく施設は3つあるのですが、3人の園長の中で、自分がいちばん教育者としての才能がないなと思うことが多かったから。

他の園長は、才能が突出していて、実際にその2人と保育の仕事を経験したいと希望する職員も多いんだろうなと思うので。そこは自分とは違うかもって比較してしまうんです。

ただ近頃は、私の大好きなこの保育園にとって、『どんな自分がベスト?』っていうことが、何かを決めるときの選択基準になってきて、とてもシンプルになりました。

他人をうらやむ感情にのまれて自分がジメジメしていると、周りにも伝播していくし、それは嫌だな、じゃあどうしようかなっていう風に気持ちが切り替わるようになったんです」

 

自分を見失わないように、バランスを取りながら

今も隣の芝は青くみえるときがあるけれど、美和さんなりの方法で気持ちを切り替えられるようになってきたと言います。

私がちょっと驚いたのが、人からアドバイスをもらったら即スマートフォンにメモをしているということ。けれど、落ち込んでいるときに、自分の耳が痛いことを、素直に聞けるのでしょうか?

美和さん:
「聞いたこと全部を実践しているわけではないですよ。ただ私はいい意味でミーハーなんです。ビジネス書でも、夫の言葉でも、勧められたものでいいなと思ったらやってみることにしています。

けれど、好き嫌いもはっきりしているから、すべてをうのみにするわけでもなくて。これは自他共に認める性格なんですけれど、そうやって自分を見失わないようバランスをとっているのかもしれません。

そして、もらったアドバイスがいくら良くても『これ今の現場に必要かな? 私たち家族には必要かな?』と、一巡り考えるようになってから、あまり判断に迷わなくなったなと思います」

 

努力だけじゃ、どうにもならないことだってある

話の途中で、美和さんが「人と比較した時、嫉妬するか憧れるかで変わるんじゃないか」と話していたのも印象的でした。

美和さん:
「若い頃は、落ち込むことが多かったけれど、今みたいに考えられるようになったのは嫉妬と憧れって違うと気づいたからかもしれません。

私たち夫婦には息子が1人。ひとりっ子であることに数年前は悩んでいました。『2人目は?』と聞かれることもあったので、スーパーで見かけた兄弟を連れたお母さんに嫉妬してしまって。今振り返ると、なかなか自分の中で消化できなかったことだったかもしれません。

でも、『自分の努力だけじゃ、どうにもならない』ことでもあります。それに気づいてからは嫉妬するのはもうやめようと。

誰かを羨ましいと思ったら、嫉妬するのではなく、憧れることにしたんです。憧れの目線で捉えれば『なにか真似できる要素はないかな?』と、前向きな気持ちで向き合えるから」

 

それでも、気持ちが沈んだときは

園長として、母として、妻として日々奮闘する美和さん。今だって落ち込むことがある、だからこそ心地よいと感じる「お助けアイテム」を持っているのだそう。

美和さん:
「ちょっと沈んだ気持ちになったら、本と映画の世界に逃げ込みます。

『「ふつうのおんなの子」のちから』(中村桂子著・集英社)という本や、夫に教えてもらった『やかまし村の春・夏・秋・冬』(スウェーデン、2000年)という映画などを見ます。

どちらもありふれた日常が主役。だから派手なアクションもないし、目立つエピソードはないけれど、これらの作品にどっぷり浸かっていると、日々生きていること自体がすばらしいと思わせてくれます。

自分の今の悩みなど、あって当たり前。ちっぽけだと分かってくる。そういう自分を助けてくれる世界を持つのも大事だなと思います」

 

その悩みは、あなただけのものだから

美和さんの話を聞きながら、自分のことを振り返ってみると、落ち込んだ時の感情を全く消化していなかったことに気づきました。

私は「隣の芝は青い、ああ青い、私はあんなふうにうまくいかないよ〜」と嘆いて、その場にうずくまっているだけだから、そりゃ消化不良が起こるはずです。

このことに気づいたおかげで、私の心に大きな変化が生まれました。最後に、美和さんの言葉のなかで、特に心に響いたことをお伝えしようと思います。

美和さん:
「悩んでいるときは見えにくいけれど、その悩みって『あなただけのものだよ』って思うんです。

編集のアルバイト時代、自分が希望していない企画しかまわってこず、友人は華々しい仕事をしているように見えて嫉妬していたとき、友人から『その企画は、あなたにしかできないかも』と言われたことがあります。

当時は噛みしめる余裕がなかったのですが、今では園の保育士さんたちに同じようなことを言っている自分がいます。相談されても、『その悩み、もうそのままにしておけばいいじゃない』と。

相手は当時の自分と同じでキョトンとしているんですけれど、『あなただから感じることだと思えば、すごく特別だから』ってことを伝えたいんです」

 

やっと、自分の芝が見えてきたかもしれない

インタビューから数日後、美和さんから聞いた言葉で気になっていた「嫉妬と憧れ」の違いを調べてみました。嫉妬は「自分より恵まれていたり、優れている所に対して恨み妬むこと」。対して憧れは「理想とするものごとに強く心を惹かれること」。

語源を見て、ハッとしました。憧れは「あくがる」という古い言葉からきていて、「あく」は場所、「かる(がる)」は離れることを指しているのだとか。憧れの感情だったら、ネガティブな気持ちから離れられます。私がジメジメから脱することができなかった原因がわかった気がしました。

近頃は、周囲の人に「私はこう思う」と伝えるようにしています。自分の中に留めておかず、間違えてもいいから言っておきたいことを。少しずつだけど、私も自分なりに感情を消化する方法を見つけたいから。

全然悩みなんてないという日は、なかなか訪れません。いや、きっと訪れないでしょう。けれど、その悩みは私にしか持てない視点だから、大事にしたらいい。

そう考えたら、逆に愛しくなり、緑なのか、青なのか、はたまたオレンジとかかもしれないのですが、自分の家の芝は意外といい色をしているんじゃないかと思えてきました。

30代も半ば、いい大人の私が抱えていた悩みを、同じように持っている人がいるかもしれません。その誰かの気持ちも少しは軽くなっていたらいいな、そう思いながらこの記事を書き終えました。

(おわり)

【写真】鍵岡龍門

齋藤美和

しぜんの国保育園smallvillage園長。夫は、社会福祉法人東香会理事長、音楽家の齋藤紘良。夫と10歳の息子の3人暮らし。書籍や雑誌の編集、執筆の仕事を経て、2005年より「しぜんの国保育園」で働きはじめる。また保育実践を重ねていくと共に『保育の友』『遊育』『edu』などで「こども」をテーマにした執筆やインタビューを行う。2015年には初の翻訳絵本『自然のとびら』(アノニマスタジオ)が第5回「街の本屋さんが選んだ絵本大賞」第2位、第7回ようちえん絵本大賞を受賞。山崎小学校スクールボード理事。インスタグラムアカウント:@saitocno_m しぜんの国保育園:https://sizen-no-kuni.net/


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