【わたしの転機】第1話:挫折して気づいた、いちばん大切なこと。(津留崎徹花さん・鎮生さん)

ライター 長谷川未緒

あのひとのターニングポイントが知りたくて

ターニングポイント=転機とは、生き方が変わるきっかけになった出来事のこと。このシリーズでは、その人の「いま」につながる転機について、伺います。

今回ご登場いただくのは、カメラマンの津留崎徹花(つるさきてつか)さんと夫の鎮生(しずお)さんです。おふたりは「自分たちの暮らしを自分たちの手で丁寧につくりたい」と、2年前に東京から伊豆下田へ、娘さんを連れて移住しました。

わたし・長谷川は家庭菜園をしているのですが、東京では庭つきの家などなかなか望めず、よそに借りている畑は車1台分ほどのスペースなのに、それなりの費用がかかります。

フリーランスで会社に通う必要がないのだから、東京から少し離れた土地へ移住するか2拠点暮らしをしながら、もっと畑仕事をやりたいなぁと思うように。

そんなときに仕事を通じて知り合った徹花さんが、「移住した伊豆から東京へ泊まりで仕事に来た」とおっしゃるではありませんか。「移住? いいですね! 仕事は? 家は?」と身を乗り出すわたしに、「やってしまえばどうにかなるし、いまのほうが幸せかも」と徹花さん。

田んぼや畑を耕し、東京にいたころより仕事のペースを落として、家族と過ごす時間を大切にしているという徹花さんのおおらかな暮らしぶりの一端を伺い、もっと詳しくお聞きしたい!と伊豆下田へ取材に行きました。

羨ましいと思ってばかりいましたが、じつは最初の移住には大きな挫折があったのだと言います。第1話では、夢を叶えたものの、1週間で帰京することになったという1回目の移住について、語っていただきます。

 

東京育ちだけど、田舎のおばあちゃんの知恵が学びたくて

大学を卒業してから、大手出版社で社員カメラマンとして働いていた徹花さん。東京生まれ、東京育ちだそうですが、地方で暮らしたいとずっと思ってたのでしょうか。

徹花さん:
「いえいえ。30代半ばで結婚してからも、都会暮らしの典型と言いますか、遅くまで仕事をして外食したり飲んだりして帰宅は深夜という生活をしていましたし、夫も東京出身なので、東京でマンションでも買おうか、と話していた時期もありました」

徹花さん:
「転機になったのは、東日本大震災とそのすぐ後の娘の誕生ですね。夫が『自分たちが食べるものを、自分たちでつくってみたい』と。当時、わたしたちは実家で姉家族と両親と3世帯同居をしていました。庭があったので、トマトやキュウリやニンジンといった野菜をつくっていたんです。そのうちに『いつかお米もつくりたい』と思うようになったようです。

わたしも、出産後に復帰した仕事で、地方に移住した人や、田舎で暮らすおばあちゃんの『生活の知恵』を取材・撮影する機会に恵まれるうちに、そういう環境で子育てをしたいと考えるようになりました」

▲徹花さんが仕込んだ保存食や薬草エキスの数々。

仕事のかたわら、保存食をつくったり、自然食を中心とする健康法を学べる料理教室に通ったりしながら、「もっと昔ながらの日本の暮らしを知りたい、学びたい」と考えるようになった徹花さん。夫の鎮生さんも、自給自足の暮らしをしたいという思いが募っていました。

そんなおふたりの気持ちが重なって、「移住」というキーワードが話題にのぼるようになったと言います。

徹花さん:
「とはいえ、すぐに行動に移せたわけではありませんでした。わたしのほうは盛り上がっていましたが、夫はしばらくは決断できずにいて、『娘と先に移住しちゃうよ』なんてよく言ってましたね。そのころわたしが会社を辞めてフリーランスになったので、夫婦そろって会社を辞めることに不安があったみたいです」

 

ときには車中泊しながら、移住先を探す旅に出た

頭で考えているばかりでは物事は動きはじめないからと、まずは移住先を探す旅に出ることにしたそう。ゴールデンウィークや夏休みなどの長期休暇のたびに、娘さんと家族3人で大きな車に乗り込み、ときには車中泊しながら地方を回りました。

徹花さん:
「取材で知り合った方を訪ねたり、行ってみたい土地に出かけたりするうちに、ますます移住熱が高まっていきました」

ついに鎮生さんも会社を辞め、移住を決断したのは2016年。最初の移住先に選んだのは、三重県津市美杉町でした。

 

心を揺るがすようなご家族との出会い

鎮生さん:
「移住先を美杉町にしたいちばんの理由は、ある家族との出会いでした。彼らは栃木県からの移住者で、娘と同じ年くらいのお子さんがいて、料理人のご主人と芸術家の奥さんは、古民家を自らの手でリノベーションし、日本料理店を開こうとしているところでした。

敷地内にはツリーハウスもあって、リノベーションもツリーハウスもDIYの範疇を超えたレベルの高さに圧倒されました。奥様の作品も素晴らしくて。彼らが育てた米をはじめ、地元の食材をふんだんに使った繊細な料理の数々と、初対面にも関わらず私たち家族を受け入れてくれたことに感動しました。

山深い自然に囲まれた環境も美しかったし、自分たちと同世代の一家が、志高く暮らしている様子に惚れ惚れしたんです。少し気がかりだった仕事も、紹介してもらえそうな雰囲気がありました」

2017年2月、仕事仲間にも高らかに宣言し、意気揚々と引っ越した津留崎さん一家でしたが、その先には、思いがけない出来事が待っていました。

 

東京では当たり前にできたことが、移住先ではできなかった

徹花さん:
「1週間くらい経ったころ、姉家族が遊びにきてくれたんです。姪たちと娘は、同じ屋根の下で姉妹のように育ってきたので、その日も楽しく遊んでいました。

ところがその夜、娘が高熱を出してしまったんです」

それまで娘さんが熱が出しても、慌てず騒がず、レンコンをすりおろした絞り汁を飲ませる自然療法で乗り切っていた徹花さん。しかしこのときばかりは、事情が異なりました。

徹花さん:
「東京ではスーパーにレンコンを買いに走ればいいけれど、山奥なので近くに店はありません。レンコンを買うどころか、病院に連れて行くのだって、車で30分以上かかるんです。

ただの風邪だから様子を見ていれば大丈夫と姉には言われましたが、手遅れになるんじゃないかと、パニックに襲われました。

東京から遠く離れた未知の世界で新しい暮らしをはじめたいと移住しましたが、現実は甘いものではありませんでした。東京にいるときはなんでもなかったことが、移住先では、対処できなかったんです」

 

6年越しに叶えた移住を、1週間で切り上げることに

娘さんの発熱は幸いひと晩で下がりましたが、落ち込んでいた徹花さんをさらに追い詰める出来事が起こりました。翌日、姉家族が東京へと帰った夜中、寝ていた娘さんが「いやだー!いやだー!」と1時間以上、泣き喚いたのです。

徹花さん:
「わたしたち夫婦は、娘にはわたしたちがいれば大丈夫、と勝手に思い込んでいました。東京にいたころより一緒に過ごす時間だって増えるんだし、幸せだと思ってくれるはず、と。

でも実際には、違ったんですよね。娘には、姉妹のように育ったいとこや保育園での人間関係があり、社会があった。子育てをきっかけに移住を考えはじめたはずなのに、娘の立場を無視して突っ走っていたわたしたちに、娘は自分の思いを必死に伝えようとしていたんだと思います」

徹花さん:
「娘をなだめて寝かしつけた深夜、夫と今後について話し合いました。

『東京に帰る? でもまだ越してきたばかりだし、3か月は試そうか。でも……』と堂々巡りでした。けれど最終的には、とにかく1度東京へ戻ってみようと夫と話し合いました。

翌朝になり、私の父親にも電話して娘に起きたことを話すと『すぐ東京に帰ってきなさい』と。父は移住について、『その冒険を応援する』と言ってくれた心強い味方でした。その父もそう言うのだから、やはり1度東京へ戻ろうと決めたんです」

美杉町へ越してから、たった1週間で東京へ帰ることになった津留崎さん一家。6年越しの移住という夢の実現を目の前に、自分たちのことばかり考えていたと、はじめて気が付いたのです。

もう移住をあきらめようとは思わなかったのでしょうか。

徹花さん:
「娘と東京に戻ってきて少し落ち着いてからも、わたしはずっと後悔ばかりしていました。あんなふうになるまで娘の気持ちに気づけなかったなんてと自分を責めたり、かわいそうなことをしてしまって、娘の将来にどういう影響を及ぼすのだろうと心配したり。

それと同時に、エッセイにまで書いて移住したのに、みんな応援してくれたのに、申し訳ない、顔向けできないという思いもあって、先のことをすぐには考えられませんでしたね」

いっぽう、夫の鎮生さんには違う思いがあったようです。

第2話では、美杉町の経験を経て、伊豆下田へ移住するまでと、現在の暮らしぶりを伺います。

(つづく)


もくじ

【写真】神ノ川智早

 

津留崎徹花・鎮生(つるさきてつか・しずお)

フォトグラファーとして、料理・人物写真を中心に活動する徹花さんと、建築と養蜂の仕事のかたわら、念願だったお米づくりにいそしむ鎮生さん。webマガジン「コロカル」では、『暮らしを考える旅』を夫婦交互で執筆中。https://colocal.jp

 

ライター 長谷川未緒

東京外国語大学卒。出版社勤務を経て、フリーランスに。おもに、暮らしまわりの雑誌、書籍のほか、児童書の編集・執筆を手がける。リトルプレス[UCAUCA]の編集も。ともに暮らす2匹の猫のおなかに、もふっと顔をうずめるのが好き。

 


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