【レシート、拝見】買い物がつくる今の自分、未来の自分

ライター 藤沢あかり

レシートには暮らしが詰まっている。

店名や日付、品名と金額が書かれたレシート。そこには暮らしが詰まっていると思う。
どんな店に行き、どんなものを食べて、どんなものを買うか。レシートには大切にしているものや、切っても切れないもの、自分だけの「当たり前の普通」が潜んでいる気がするのだ。

普段は他人に見せることのないレシートを見せてもらったら、その人の飾り立てない生き方が見えてくるだろうか。もしかしたら、チャーミングな一面がのぞけるかもしれない。

それならば、といろいろな方にお願いしてみることにした。

「あなたのレシート、見せてください」

 


牟田都子さんの
レシート、拝見


 

2020年6月10日(水) 雑貨店にて

・CINQ/New(キッチンクロス) ¥3,300
・SLW/Old(インク壺) ¥3,300

2020年6月23日(火) 食材スーパーにて

・オーガニック緑豆もやし 2コ×単91 ¥182
・大袖降大豆 木綿 ¥216
・特選よつ葉牛乳 ¥112

2020年6月26日(金) 古書店にて

・文庫 ¥200
・文芸 ¥600
・文芸 ¥800
・文芸 ¥900
・文芸 ¥1500

「お金は経験に払うと思っています」

「買い物の量が多すぎて、取材のみなさんがびっくりするんじゃないかって心配です」

その言葉に、どれほどかと楽しみにうかがうと、はたしてなかなかの買いっぷり。この半月がたまたまですか、とたずねたら「いつもこんな感じです」という頼もしい答えが返ってきた。

一袋91円のオーガニック緑豆もやしは、料理教室で習う炒め煮を家でもたびたび作るから。「ペンスタンドにしたらすてきだと思って」という古いインク壺に、キッチンクロス、アロマオイル。一枚だけ突出した少々値の張るレシートは、好きなギャラリーが提案しているオリジナルの衣服。着物のように重ね合わせを自由に楽しむもので、ひさしぶりに買い足したと、うれしそうに教えてくれた。そして、大量の本。

「この仕事を始めてからは、本だけは惜しまずに買うと決めたんです。それに、家にこもりきりになる仕事ですから、部屋で心地よく過ごすためのものにはお金を使おうと思っています」

レシートの主は、フリーランスで校正・校閲の仕事に携わる牟田都子(むた・さとこ)さん。

「自分が心から共感できるものや場所には、惜しまずお金を使いたい」という牟田さんは、服も雑貨も家具も「ポンポン買っちゃう」らしい。

けれど、そんな話をうかがいながら見渡した部屋は、思いのほかすっきり。聞けば、ものへの執着があまりないのだという。

「使ってみてちょっと違うと感じたり、もっと使い勝手のいいものを見つけたりしたら、どんどん手放します。本も一度読んだら古本屋に。買取額で、また本を買って帰ることもたびたびですが(笑)。

ものも暮らしも、溜め込まずに循環させていきたいんです」

無粋な質問であることを承知で聞いてみた。もったいないとは思わないんですか? もったいないとはこの場合、率直に「お金が」である。

対する牟田さんの答えは、とてもシンプルだ。

「お金は、経験に払うものだと思っています。
だから、使ってみて納得したら手放せるし、執着もありません。お金を出して実際に経験して、もっと知ろうとすることで、人生ってすごくおもしろくなると思います」

ハッとした。

色とりどりの情報に囲まれ、わたしは多くのことを知っている。「でもそれは、ほんとうに知っていること?」もうひとりの自分の声がこだまする。

雑貨、洋服、映画や音楽。有名な誰かのことばで綴られるものに満足して、どれだけ「実際に」触れてきただろう。そんな自分に少し恥じ入りつつ、でも、と強がりたい気持ちも顔をのぞかせる。だって、経験には少なからずお金も必要なのだから。

 

経験が自分の糧になる

「少し勇気がいる金額の買い物も、度を越したものでなければ大丈夫。なんとかなるむちゃなら、してもいいと思っているんです。買わずに後悔するほうがこわいから。

今は、ありがたいことにお金を自分たちのために使えています。ただ明日、5年後、10年後はどうなっているかわからないですし。なんでしょうね、この生き急いでいる感じ(笑)」

身銭を切って経験し、人生の糧にする。でも、それほどまでに牟田さんを駆り立てる「経験欲」はどこからきているのだろう。

「物欲」という言葉を辞書でひくと「金銭や品物に対する所有欲」とある。所有欲よりも経験を大切にする牟田さんの場合、その言葉がどうもしっくりこないと考えていたが、やがて気づいた。牟田さんは根っからの校正・校閲者なのだと。

校正・校閲の大切な仕事のひとつに、「ファクトチェック(事実確認)」というものがある。

たとえば著者が「京都タワーの赤と白が」と書けば、「京都タワーは本当に赤と白か」と辞書や写真で確認する。なんとなく知っていると思っていることも、曖昧な記憶に頼らず事実と突き合わせていく。

それは、牟田さんが外から得た情報をひとつひとつレシートと引き換えに経験し、自分の中に取り込む姿と重なって見える。

けれど、経験したくても手が届かない。牟田さんにも、そんな時代があった。

 

憧れを自分の手で買えるよろこび


30歳で父と同じ校正・校閲の道に進んだ。以前は図書館司書として働いており、当時から買い物が大好きだったと振り返る。

「電車で1時間くらいかけて、吉祥寺、原宿、表参道……あちこち行ってましたね。でも20代のころは、ほんとうにお金がなかった。お給料の手取り3分の1が家賃に消えるでしょう、そこから生活費といくらかの貯金、欲しい本……、ほとんど残りません。

憧れのショップやギャラリーをのぞくと美しいお洋服や雑貨が並んでいるけれど、当時は1万、2万するお洋服なんてとても手が出なくて。いつも、『見せてもらうだけですみません』って出てくるんです。せめて目の中にしまって帰ろうと思っていました。全身すてきなファッションに身を包んでいる人が、さらりと買い物をしているのを見ながら、いつか自分にもこんな日が来るのかな、って」

そんな暮らしを10年ほど続けた。途中、転職しキャリアを重ねながら、少しずつだけれど自由に使えるお金も増えた。「目にしまって」帰っていたものも買えるようになってきた。

「自分で稼いだお金で、自分が欲しかったものを買えるって、やっぱりうれしかったですよね」

レシートを受け取るとき、人は未来を見ている。こんなふうになりたい、ここに書いてあることが知りたい。これを使って暮らす喜びや楽しみを思い描くことは、「なりたい自分」への一歩だと思う。

レシートの束は、理想の自分へ近づいてきた軌跡でもあったのだ。

 

「推しへの課金」が運ぶ、めぐりあわせ

では、手当たり次第に「経験」を買っているのだろうか。同じ店名ばかり連なるレシートが、それを教えてくれた。

「なにを買うかと同じくらい、どこで買うかも意識しているかもしれません。

推しへの課金ですよ。これはもう、“推し活”です(笑)」

推し活、つまり自分の応援したい店や人に、お金を使いたいというわけだ。本屋ひとつをとっても、自分にとって残り続けてほしい店を選ぶ。なくなってしまったら、ほんとうに困るから。

「推しに課金して握手……じゃないですけれど、買い物しながら好きな人たちに会いに行っているのかもしれませんね」

今、あのころ憧れた吉祥寺の街に住んでいる。

通い出して7年になる料理教室も、今住んでいるこの部屋も、行きつけの店で一杯飲んだり、買い物をしたりする中で紹介してもらった。どちらも、家に閉じこもり、財布の紐をかたく閉じていては出会えなかっためぐりあわせだろう。

どうやら、レシートと引き換えに牟田さんが手にしているのは、ものや経験だけではなさそうだ。

窓の向こうへ目をやると、視界いっぱいに井の頭公園の青々とした緑。自宅のリビングで仕事をする牟田さんにとって、この景色はなにものにも代えがたい喜びにちがいない。

お金、もの、人、気持ちのやりとり。それらがめぐる中で、牟田さんは心地よく泳いでいるようにも見える。

「循環」という言葉がよく似合う、風が気持ち良く通り抜ける部屋で、そんなことを考えた。

連載のバックナンバーはこちら

【写真】吉森 慎之介

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牟田都子

1977年、東京都生まれ。出版社の契約社員を経て、フリーランスの校正者。関わった本に『おやときどきこども』(鳥羽和久、ナナロク社)、『詩集 愛について』(若松英輔、亜紀書房)など。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン—女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)。

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

 


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