【57577の宝箱】毎日の終わりに両手で確かめる この世に一対だけのほっぺた

小説家 土門蘭

ストレスがすぐに顔に出るタイプだ。

表情に出るという意味ではなく(出ているのかもしれないが)、肌に出てしまう。
嫌なことや緊張することがあるとすぐにニキビや吹き出物ができるし、寝不足になるとくまができ、多忙になると顔色が悪くなり、気候の変化に合わせて乾燥したり脂っぽくなったりかゆくなったりする。

肌が弱いのかもしれない。どうすれば強くなるんだろう。
そう思って、これまでにいろいろなスキンケア用品を渡り歩いてきた。

スキンケア用品、と一言でいってもさまざまな種類がある。
メイク落とし、洗顔フォーム、化粧水、乳液、美容液、オイル、クリーム……
その中からたとえばメイク落としひとつとっても、オイルタイプ、乳液タイプ、ジェルタイプ、クリームタイプ、拭き取りタイプと実に多様で、細かく枝分かれしている。
しかもまた、メーカーによってこだわりや特色も違うので、素人のわたしには知れば知るほど迷ってしまう迷宮のように感じるのだ。

それで、長い間スキンケア用品ジプシーになっていた。
今使っているものになかなか満足できず、いつも「これでいいのだろうか」と悩んで不安がっている。雑誌やインターネット記事を読み漁り、洗面台の棚には使いかけのスキンケア用品やサンプルがどんどん溜まっていく。
「いつか、『これさえあれば大丈夫』というものに出会えたらいいのに」
ずっとそんなことを夢見ながら、20代の大半を過ごしていた。

§

そして現在35歳。実は、今がいちばん肌の調子がいい。
しかも、これまででいちばんコストもかからず、種類も少なく、総じてスキンケアがシンプルになっている。

ここに至るきっかけになったのは、30歳目前のとき、デパートの化粧品売り場で肌を見てもらったことだった。
「よく肌荒れを起こすので、肌が弱いんだと思うんです。肌に優しいものが欲しいのですが」
と言うわたしに、ビューティアドバイザーのお姉さんは「まずはお肌の状態を見てみましょう」と言って、機械を肌にあてながら丁寧にチェックしてくれた。

するとわかったのが、まず「水分が少ないこと」。そしてそれ以上に「油分がものすごく少ないこと」だった。
「適量が100だとすると、お客様の場合、水分量が20、油分量に至っては2しかございません」
そう言われ、思わず「に!?」と返してしまったほど驚いた。
「油分は、水分をお肌に留めて逃がさない役割を担っています。お客様はその油分が少ないので、水分がすぐに肌から脱けて、結果的に肌荒れが生じているのではと思われます」

お姉さんにそう言われて、わたしはかなりショックを受けた。
それまでのわたしは「ニキビや吹き出物ができるから」と、油分をカットし続けていたからだ。それが逆効果になっていただなんて。

その場で、わたしの肌質に合わせたスキンケアセットを用意していただいた。ただ、値段が高くて全部は揃えることはできない。逡巡しているわたしにお姉さんは優しく微笑み、やや小声で「無理にすべて揃える必要はございません」と教えてくれた。

「とにかく、お客様に必要なのは水分と油分のバランスを保つことであるということ。まずは水分をじっくり足してあげ、そのあとにお肌の乾き具合に応じて、美容オイルをなじませてあげてください。きっとそれだけで、ずいぶん調子がよくなりますよ。大切なのは、水分と油分のバランスなんです」

それでわたしは、美容オイルだけ購入した。あんなにオイルカットに血筋をあげていたわたしが、美容オイルだけを買って帰るだなんて、ここに来るまで想像もしていなかったことだ。

だけど、お姉さんに言われたことを実直に繰り返しているうちに、肌が少しずつ変化していった。手触りが良くなったし、ニキビや吹き出物ができることも減って、ファンデーションで覆わない日が増えていった。今はスキンケアの流れは化粧水とオイルだけで完了していて、値段も以前の半額以下で収まっている。

わたしはこれまで、とにかく肌に優しいものを、と思っていた。
でも、肌に優しくないのは実は自分だった。足りないものを知ろうとしなかったのだから。

§

「大切なのは、水分と油分のバランスなんです」
スキンケアをするたびに、お姉さんが言ってくれた言葉を思い出す。

水分と油分……
水分だけだと巡りはいいが、その分早く排出されたり乾いたりしてしまう。
油分があると艶が生まれるが、それだけだと滞ったり濁ったりしてしまいがちだ。

だから、そのバランスが大切。どちらも自分の肌に補ってあげ、調整してあげること。
そうすれば水分と油分は、みずみずしさとつややかさとして表に現れる。

お姉さんが教えてくれたことは、肌だけではなく、わたしの生業である文章にも当てはまることだなと気づいた。
染み渡るように読みやすく、それでいて読み終わったあとにしっとりと残る。
文章における水分と油分は、共感と自我、優しさと強さ、のようなものなのかなと思う。

みずみずしくて、つややか。
そういう文章を書きたいと、あのときから思うようになった。

§

そのためには、肌を整えるように、心を整えることが大切だ。
両手で肌を包み、てのひらでその日の調子を感じ取るように、心の調子も感じ取る。

今日は水分が少ないと感じたら、優しくなれそうなことをする。たとえば生花を飾ってみるとか、隣人に笑顔で挨拶をしてみるとか、ストレッチをしてみるとか。
今日は油分が少ないと感じたら、強くなれそうなことをする。たとえば映画を観てみるとか、音楽を聴いて踊ってみるとか、筋トレや体操をしてみるとか。

そうやってわたしは日々、水分と油分のバランスを整えようとしている。
それはつまり、自分の心に触れて、感じて、足りないものを知って補う行為だ。
自分に優しく、というのがどういうことなのかよくわからなかったけれど、もしかしたらこういうことなのかもしれないなと、今は思う。

みずみずしく、つややか。
水分と油分のバランスをとりながら、そんな心であれたらいいな、と思っている。

 

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 


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