【44歳のじゆう帖】おふくろの味、ありますか?

ビューティライターAYANA

食を楽しめなかった若いころ

「おふくろの味」って、ありますか。

正直、私にはありません。いや、母の手料理を食べる機会はたくさんありました。

母は専業主婦で、今の私よりもはるかにちゃんと食事を作ってくれていた。有機栽培された米や野菜、健康的に育った豚肉を取り寄せ、きちんと調理して食卓に出してくれていました。出来合いのお惣菜を食べることはほぼなく、外食は特別なときだけ。私が育ったのはそんな家でした。

私は生まれたときからよく食べる子でした。

どちらかというとがっしりとした体型で、いつもお腹がぽっこり出ていて、物心ついたときからいつもダイエットを気にしていて。常に空腹で食欲はあるのだけど、食べることは大きな罪でもあり、食べることが楽しいと認識したことはなかった(痩せなければという思いをこじらせて、摂食障害を経験したこともありました)。

料理を本当の意味で美味しいと感じたことも、今思えばあまりなかった気がします。

26歳で実家を出て当時の恋人と同棲生活を開始、はじめて毎日自分で食事を作るというライフスタイルを経験しました。

もちろんレシピは料理本頼み。本のチョイスも良かったのだと思いますが(ちなみに川津幸子さんの料理本でした)、えっ、料理ってこんなにおいしいの?とびっくりしたのを覚えています。

食材のチョイスや味付けのしかた、野菜の茹で加減、ご飯の炊きかた。料理本の通りにするだけでこんなに美味しいんだ、という感動。自分で作るから、食べる量だってメニューだって自分でいくらでもコントロールできるし、美味しいものだけ食べられる毎日。

私はあのとき、はじめて食べることを、罪悪感を持たずに楽しめるようになったのだと思います。

そこで思い至ったのです。私はそもそも親と味の好みが合わなかったんだ、ということに。

食の嗜好を自覚してみて

実家にいた頃はそこまでしなかった外食もいろいろと楽しむようになり、本当に美味しい料理が、この世にはなんてたくさんあるんだろう!ということにどんどん開眼していきました。

そのたびに自分の食の好みが研ぎ澄まされていくのがわかりました。そうなるほどに、食べることが楽しいと思えるようになった。

よく「食べることが大好きです」「おいしいものが大好きです」とご自身を紹介するかたがいらっしゃいますが、長いこと、その言葉の意味がよくわかりませんでした。

でも今は、おいしいものをちゃんと知っていて、食べることを楽しんでいる人なんだな、そういった嗜好が許される家庭で育った人なんだなってわかります。私が自分のことをそんなふうに言えないのは、ずっと食べることに対する欲求はあっても、それを楽しめない性分だったからなんだ、ということもわかりました。

折に触れて実家に帰ると、親が甲斐甲斐しく料理を作ってくれます。味覚や嗜好がバージョンアップした状態でそこに対峙するほどに、どんどん距離を感じるようになってしまいました。

親が作る料理が料理として成立していない妙なもの、ということではなく、ただ好みが合わないだけなのです。

親のことは好きですし、出されたものはきちんといただきます。でも、この料理しみじみ美味しいなぁ〜!さすがお母さん!とは全然思えないのです。それは不思議なくらいにしんとした気持ちで、どれも印象に残りません。

だから「おふくろの味は?」と訊かれても答えられない。これって薄情なことでしょうか。

「受け継いでいく味」はないけれど

さあ、そんな私が人の親になってしまいました。

日々手抜きをしながら、外食や中食も挟みながら料理を作っているわけですが、息子の食の嗜好について、私は期待と不安の入り混じった目で注目しています。息子にとっての「おふくろの味」は今後存在しうるのか。

私はいまでも相変わらず、料理本(やレシピサイト)を見ながら料理を作ります。そんなに凝ったものは作りませんが、そのなかにはいくつか、自分が好きでよく作る料理や、息子に好評でよく作る料理もある。

彼は「出されたものは食べるが、出されないなら食べない」というタイプ。食事にどんなものを出しても、基本的に文句は言わないし、ちゃんと食べます。子どもらしく野菜を残そうとする日もあるけれど、食に繊細で苦労した、なんてことはこれまでほとんどありません。

でも、自分からこれが食べたいとか、お腹がすいたなどの言葉を発することもほとんどありません。

そんな息子の現時点での好きな食べ物は、ダントツで「シャインマスカット」、次点で「さけるチーズ」です。そう、私が作った料理はまったくそこに含まれていないのです。

そんな息子に私はなんとなく「好きな食べ物はいちごポッキーです」と言っていた高校時代の自分の面影を見てしまう。これは、都合のいいセンチメンタリズムに過ぎないでしょうか。

息子には「おふくろの味」を用意してあげたい、なんて露ほども思わない。でも、息子には彼自身の食の嗜好に早めに気づいて、美味しいと感じるものを人生のなかでたくさん食べてほしい、と切に思います。それが人生を豊かにするから。たとえそこに、私の作った料理がまったく含まれないとしても、私は全然構わないのです。

 

【写真】本多康司

 

AYANA

ビューティライター。コラム、エッセイ、取材執筆、ブランドカタログなど、美容を切り口とした執筆業。過去に携わった化粧品メーカーにおける商品企画開発・店舗開発等の経験を活かし、ブランディング、商品開発などにも関わる。instagram:@tw0lipswithfang  http://www.ayana.tokyo/

 

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