【57577の宝箱】君の名は短い歴史 呼ぶたびにわたしも歴史の一部となって

文筆家 土門蘭

「ママ」になって10年近く経つが、「ママ友」という言葉がどうもなじまない。
「飲み友達」とか「地元の友達」とかなら自然に言えるのに、「ママ友」という言葉だけはどうしても喉元で突っかかってしまう。

多分、自分が主体ではないように感じるからだろう。子供同士が友達であることが前提でわたしたちはつながっている……「ママ友」にはそんなニュアンスを感じてしまう。でも「ママ友」以外でうまく関係性を言い表す言葉が思いつかず、苦しまぎれに「ママ友さん」と敬称をつけて言ってみる。
そんな考えすぎる性格だからなのか、わたしには「ママ友」が少ない。

§

数ヶ月前のある日、カフェで仕事の打ち合わせをしようとしたら、店員さんに声をかけられた。「廉太郎くんのお母さんですか?」と小3の長男の名前を言われ、どこかでお会いしたような……と思っていたら、長男と同じ学童に通う男の子のお母さん・Kさんだった。

「ここで働いていらっしゃるんですね!」
驚くわたしに、彼女は「土門さんもお仕事ですか?」と尋ねる。うなずきながらも「土門さん」と呼ばれたことにあれっと思った。「土門」はペンネームとして使っている旧姓で、普段は結婚後の姓を名乗っているのだ。
そんなわたしに気がついたのか、彼女はにっこり笑って、
「前々から文章を読ませてもらっていて、一度お話してみたかったんです」
と言った。

わーありがとうございます、とお礼を言いながらも、まったくもって油断していたのであたふたする。普段別々に顔を出す、仕事をしている自分と母親でいる自分が、入れ替わり立ち替わり現れた感覚だった。

それから少し立ち話をして、お互いの仕事や住んでいる場所について話し、自然とSNSでつながることになった。ママ友さんとSNSでつながるのは珍しいのだけど、なんとなく近いうちに連絡をとるだろうなと思った。

友達の始まりってこんな感じだったなと思う。理由は特にないのだけど、なんとなく気が合いそうな感じ。「ママ友」ではない関係性の予感は、わたしの心を小さく浮き立たせた。

§

数日後、学童に行くとKさんにばったり会った。カフェで見たときよりもずっとお母さんらしい顔をしていて、一瞬誰かわからなかったのだけど、目が合ったとたんに表情が変わり、「あ、こんばんは!」と笑顔で挨拶してくれた。わたしの顔も、こんなふうに変わったのかなと思う。

仕事だったんですか?とか、カフェまた行きますねとか、そんな話をしていたら、自然と「今度一緒に飲みましょう」という話になった。そこにちょうど、ふたりの共通のママ友さん・Mさんもやってきて、「じゃあ3人でやりましょう」と言い合う。場所はわたしの家、子供を預けられない人は連れてきて、みんなで持ち寄りパーティをしようと話がまとまった。

ママ友さんとプライベートで遊ぶことがほぼないわたしにとって、自宅に呼ぶなんて非常に珍しいことだ。自分の変化に驚きながらも、その日が来るのが楽しみだった。

§

ビールやワイン、ピザやサラダ、焼き鳥やスナック菓子などを持ち寄って、飲み会は開催された。子供たちはテレビの前に座ってゲームをしている。その横で母親陣は乾杯をし、思い思いの飲み物を口に運んだ。

会話の中で、こんなことをKさんが言った。
「わたしはママ友があまりできなくて」
だから今日こんなふうに集まれて嬉しいです、と。Mさんもうなずき「ママ友って関係、不思議ですよね」と言う。

「子供を介して友達になるって、よくわからないんです。何を話したらいいのかわからなくて」
「そうですよね。最初は同年代の子供がいることくらいしか共通点がないし」
「だから子供の話ばかりしてしまって、お互いのことはほとんど知らないままだったりしますよね」

3人でそんなことを話した。なんとなく、自分以外のみんなは「ママ友」とうまくやっていると思っていたけれど、そんなこともないのかなとほっとする。

Kさんはわたしのことを「土門さん」と呼び、Mさんは「蘭さん」と呼ぶ。KさんとMさんも、自然にお互いをファーストネームで呼び合っている。その感じが心地よかった。
年齢もバラバラだし、出身地も仕事もちがう。でもなんとなく、学生時代のことを思い出した。まだ誰の「ママ」でもなかったときの、ひとりの女の子に戻ったような。

お酒が進むにつれ、本当にいろんな話をした。仕事のこと、趣味のこと、親のこと、好きな本や欲しいものの話、昔の恋人の話まで。
30年、40年と生きていれば、いやでも酸いも甘いも経験して、夢見てばかりではいられなくなってしまう。それでもまた学生時代のように、個人として人生を語れる相手が新しくできるというのは、大きな希望だなと思った。

「今日わたしたち、全然子供の話してないですね」
そう言うと、ふたりが「ほんとですね」と笑う。

「ママ」としてではなく、ひとりの人間として語り合えること。それができたわたしたちは、ママ友から友達になったのだと思う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。


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